[2010年07月26日(月曜日)|No.1858]
こんな、いたずらっ子も珍しくなったものです。新聞の投稿に載っていたものを紹介させて下さい。
長男は9月で3歳になる。相当ないたずら坊主だ。私が禁ずることを、ニヤッと笑みを浮かべ、あえてするのだ。
洗濯機に紙オムツを放り込む。ビデオテ−プが入らないので調べると、デッキから行方不明だった靴下が出てくる。私の洗髪中に、風呂の栓を抜く。米びつをひっくり返す。
ピアノの鍵盤の上に正座する。カウンタ−キッチンによじ登り、シンクに侵入する。朝から声がかれるほど怒りまくり、職場で「風邪ですか」と尋ねられた経験もある。こんな状況が最近まで、1年半ほど続いた。
ところが、彼のいたずらは次第に、おさまってきた。「ダメ」の意味を理解できるようになったのだろう。かつてのイライラは笑い話になりつつある。
この調子なら、今後の苦労も楽しい思い出に変わっていくに違いない。そう思いつつも、その寝顔に、「明日はお手柔らかに」とつぶやかずにはいられない毎日である。
思わずその光景がこの目に浮かんできそうな、微笑ましい話です。と言っても、近頃では両親が小学4年生にもなる我が子を、9時間もの長い間、暴行を加え続け重体にさせるという事件も起きたばかりですから、一概には微笑ましいなどと言っていられないかもしれません。
ですから受け取る側の親の問題かもしれません。この話のように親の手のひらに温かく乗っけていて、辛抱強く見守り続けるくらいの、度量がなければなりません。
こうしたことから、親子の尊い絆が育まれていくものと思われます。よくス−パ−や子ども用品売場などに行くと、泣き叫んで動こうとしない光景を目にします。
これなども、泣き叫ぶ子どもより、むしろ親の育て方のほうに問題があるのではないでしょうか。決して子育てには成功したなどと、偉そうには言えない当方ですが、思い起こしてみると3人の子どものいずれも、そのような経験が見当たりません。
やはり親次第で、いくらでも子どもは変わっていくのではないでしょうか。それにしても、投稿文のような、いたずらっ子は近年見かけなくなりましたね。私はこのくらいの方が将来、大モノになるような気がするのですが...
[2010年07月23日(金曜日)|No.1857]
先日テレビで、疲れない山登りというテーマを取り上げていました。私もたまにしか山に登る機会がないのですが、もともと嫌いではないことゆえ、興味を持って眺めさせていただきました。
この山に登ってみると、ほとんどが中高年の方々です。皆さん、本当に元気でびっくりさせられます。こういう私も昔とった何とかで、決して自信のない方ではないのですが、なかなか敵わないものです。
そんなわけで、この疲れない方法を頭に入ったものだけでも、少し紹介してみたいと思います。まず指摘していたのが、110°の角度が最も効率のよい登る膝の角度だと言っていました。
これはちょうど自転車をこぐ角度を示すそうです。そして最近では山ガ−ルと呼ばれている、登山女子が急増中とのことですが、すぐバテてしまう人が少なくありません。
ある種のトレンドみたいなものに誘われて登っているものでしょうが、このバテるのは乳酸値が高くなるためで、速筋というものを使ってしまっているからと言われています。
速筋ではなく、遅筋を使えよと指摘していました。遅筋というと、何か難しいもののように感じられますが、要はリラックスして登れよということらしいのです。
これは眉間に皺を寄せて、修行僧のように無口でただひたすら登るのではなく、歌など声に出して口ずさむのがよいとされています。嬉しかったのは、最近の若者向けの難しい歌なのではなく、演歌がよいとされています。
ですから”男の港や川の流れのように”の歌を口ずさみながら登った方がよいのです。番組ではその事実を証明するかのように、無口でただひたすら登った人と、歌いながら登った人の乳酸値を測定していました。
その結果、歌いながら登った人の方がずっとこの数値が低いのです。また下りでよく膝が笑うなどと言われ、ガクガクしたり、筋肉痛になったりしますが、これも出来る限り、小またで歩いた方がよいと言っていました。
マタギ流と言って、足の裏でじかに感覚を感じ取れる、地下足袋などで歩いた方が歩幅も小さいし、疲れも少ないとのことです。
それから私は使っていないというか、持ち合わせていませんが、ストックを使うとかえって筋肉の負担が増えると言っていました。またこうした疲れを何よりも癒してくれるのは、味噌汁のような温かい食べ物だそうです。
こんなわけで、私も来週初めて挑戦する富士登山に、何とか1つでも参考に取り入れてみたいと思っています。以上のことはスポ−ツ全般にも言えることですが、要は力みのような無駄な力を入れたら駄目ということですね。初めての富士登山に少しワクワクしていますが、何よりも当日の晴天を祈っています。
[2010年07月22日(木曜日)|No.1856]
ちょっと話題が古くなってしまいましたが、ゴルフの石川遼君がここでまた著しい進化を見せています。先に行われた全英オ−プンですが、3日目に75と崩れ大きく後退したものの、最終日には70のスコアで巻き返し、ト−タル2アンダ−でフィニッシュしました。
この成績はもちろん日本人トップで、風に翻弄され、全く自分のプレ−ができなかった昨年の雪辱を見事果たすことができました。
本人のコメントでも「自分でも文句のつけようがないくらい、いいショットが打てた。限界が広がった。こういうことができるんだなと、ちょっとビックリしています」と言っているくらい、達成感に満ち溢れていました。
この遼君のドライバ−はドロ−ボ−ルで攻めているのですが、前半のホ−ルはほとんど逆風の左からの風で、攻めにくかったみたいです。それでも4日間でフェアウエーを外したのは28回中2回だけという、安定したショットを放っていました。
またこの強風対策で、低いボ−ルで攻めていくということも考えていたようですが、前週のト−ナメントで一緒に回った、フィル・ミケルソンらの高いボ−ルが風に負けないのを見て、高いボ−ルでもいい球を打てば流されないものと、普段の攻め方で貫くことを決心できたみたいです。
そしてこういったスタ−プレ−ヤ−は強運にも恵まれているものです。150年の歴史を持つ、このセントアンドリュ−スでの全英オ−プンを最後に、ここからの引退を決めているトム・ワトソンと予選ラウンド、一緒に回れたのです。
ご存知のとおり、そのプレ−だけでなく人柄の良さでも定評のある選手ですが、先の全米オ−プンでも予選ラウンドを一緒に回り、いつかリョウがここ(全米OP)で勝つのは間違いないと、太鼓判を押してもらっていたのです。
そのワトソンのセントアンドリュ−ス引退の別れの場面に立会い、感極まって涙まで出てきたとのことです。一時期全盛を風靡した大選手との別れの場面に立会い、時代の区切れとして貴重な良い経験ではなかったでしょうか。
とにかく、少しずつでも着実に進化している遼君です。この後、8月に控えている全米プロへの挑戦にも、大いに期待が持てるものです。それにしても、セントアンドリュ−スのコ−スを私たち、素人が回ったら、いったい幾つで上がれるものでしょうか。
おそらくラフに入ったきり出てこないのではないでしょうか。やはりその道のプロは大したものです。それから遼君目当てで、早い時間から独占中継したテレビ朝日もその企画が成功してよかったですね。
[2010年07月21日(水曜日)|No.1855]

あの軽井沢が大変な騒ぎになりました。例の大韓航空機爆破事件の犯人と見られる、北朝鮮の元工作員、金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚が来日してすぐに、軽井沢に入ったからです。
ちょうどその3日前、私たちも工事の追加案件など、別荘のモノレ−ル工事の最終まとめで、この軽井沢に行ってきたのですが、こんな騒ぎになることなど少しも知る由もありませんでした。
旧軽井沢だと思われるのですが、鳩山さんの別荘で拉致被害者の家族である、横田めぐみさんの両親と会うと言われているのです。
このご両親にしてみれば、少しでもいいからその手掛かりとなるような情報を聞き出したいところですが、果たしてどうでしょうか。
北朝鮮は依然として大韓航空機爆破の事実さえ認めていないし、金さんにしたってその圧力が少なからずあるわけですから、新たな事実を探り出すことは難しいかもしれません。
でも改めてこの拉致という事件を考えてみると、ずいぶんと酷いことをしたものですね。めぐみさんは当時13歳ですか、それから33年の長い年月が過ぎ去ろうとしています。
まためぐみさんが拉致被害にあったということが判明したのが、消息を絶ってから20年も掛かっています。この両親である滋さんと早紀江さんはそれぞれ77歳と74歳にもなる今日、生きていると思われる我が子に何とかして早期に会わせてやりたいものです。
他の拉致被害者にも共通して言えることですが、残された時間は多くありません。いち早い強引な政府間交渉を実現し、事態の進展を図ってもらいたいと願うところです。そうでなければ、死んでも死にきれないのではないでしょうか。
それにしても金賢姫さんのような美人は得なものです。爆破の当事者と思われるだけに、破格のVIP並みの扱いには少し不自然な思いを抱かないわけでもありませんが、拉致家族のことを思えば仕方がない措置かもしれません。
ところでこの軽井沢、17日に行ったときも感じたのですが、かつての有名な避暑地として知られたこの土地なのですが、少しも涼しくて快適だとは感じませんでした。
今回の物見遊山の見物のように、多くの観光客が押し寄せて俗化しているためでしょうか。それとも言われ続けている、地球環境の変化に伴う異常気象なのでしょうか。どちらにしても住みにくくなったものです。
蛇足ですが、工事の合い間に写してきた今回のモノレ−ルを少し紹介しておきます。

[2010年07月20日(火曜日)|No.1854]
今年の夏はあまりにも短すぎました。と言ってもこれは高校野球の話です。依然として巷では猛暑がその勢いを増していますから、本物の夏はしばらくはまだ衰えそうもありません。
こうした中、我が母校の沼津東高は1回戦、静岡農高を何とか下したものの、2回戦で富士宮西高に0−8で敗れ去りました。7回コ-ルド負けだったのですが、これも全然予期しなかったことです。
そう言われてみれば、ここしばらく何年か、コ-ルド負けもなかったように思えます。こちらのエ-スの立ち上がりがとにかく悪すぎました。
初回に4点、2回に3点、四球や死球のあと、相手中軸の打者に綺麗に間を抜かれて得点を重ねられたのです。この試合の前の1回戦も、こちらが前半順調に得点を重ね、楽勝かと思われた試合だったらしいのですが、後半に追いつかれ、どうもバタバタしたようです。
そうした1回戦は仕事で軽井沢出張の為、観ることができなかったのですが、エ-スの出来がいまいちだと聞いていましたので、不安が隠せないものでした。
それが悪い方に見事に的中してしまったのです。2回までに相手に7点取られては、攻めるのもなかなか難しいものです。回の浅いうちにまず着実に1点ずつ取りたかったのですが、バント失敗などもあり、どうも思うようにはいきません。
ただこちらの監督は、2回でエ-スを見限り、3回からリリ-フを送りました。2番手投手の岡君はよく投げたと思います。代わった3回は、見事に3者凡退に退け、次の回も危なげなく抑えることができました。
試合後、一部の人間はそれなら早くスイッチしていた方が良かったなどと言っていましたが、あくまでもそれは結果論です。監督とも試合後、少し話したのですが、2回のあの状況でエ-スである投手を代えるのは難しいものです。
それから相手方とは違って、ここ一番での一発が出ませんでした。これではいくら投手が代わって、こちらに少し流れが移ってきたように見えても、それを活かすことはできません。
こうして2回戦で早々に敗れ去ってしまったのです。昨年の秋からですが、その前の夏のレギュラ−がセンタ−ラインを中心に5人も残っていたことから、期待は大いに持てるチ−ムでした。
それが秋と今年の春、続けて県大会にも進めず、良い結果を残すことができませんでした。そうして迎えた夏の本番だっただけに、選手たちの奮起に期待をかけていたのです。
しかし我が校は、伝統的にどうも期待されている年は結果を残すことができないようです。とてもそんな言い訳が通用するとは思えませんが、残念な結果に終わってしまいました。あきらめず、今年の秋に望みを繋げようと切り替えているところです。
[2010年07月16日(金曜日)|No.1853]
国内の大手航空会社で初めて女性機長が誕生しました。JALのグル-プ会社、ジャルエクスプレスの藤 明里さんです。いよいよ女性機長が活躍する時代となってきました。
国内の航空会社には現在、約4000人の機長はいますが、全員が男性です。またJALグル-プにも女性のパイロットは10人しかいないそうで、悲願の機長誕生となったわけです。
藤さんは働きながら操縦士としての訓練を受けて資格を取得し、平成11年に同社に入社後、12年4月から副操縦士として活躍、機長になる為の規定の3000時間以上のフライトをクリヤ−し、機長への挑戦を続けてようやく今月認定審査に合格したとのことです。
しかし今日までの道は険しく、大学卒業後、「お客さんを運ぶ仕事がしたい」と航空大学校への入学をめざしたのですが、155センチの身長が8センチも足りなく、あきらめざるを得ませんでした。
でも夢を捨てきれず、当時の航空会社がパイロット募集を、航空大の卒業生か、新卒の学生に絞っていたのを分かっていましたが、アメリカの操縦士養成学校に留学して自家用と事業用の操縦士免許を取得したのです。
そして帰国後、派遣社員などをして、両親に学費を返済しながら機会をじっと待っていたのです。この機長昇格訓練には悪条件下での判断力が求められ、精神的に追い詰められる副操縦士が多いとのことですが、藤さんには厳しい要求にきちんと応える芯の強さがあると教官は評価しています。
こうしてご本人の言葉を借りても、この道を目指してから何万回とくじけそうなことがありましたが、見事初の女性機長誕生に繋がったのです。
機長としての初フライトは12日の伊丹発仙台行きで、既に無事そのお役目を果たされています。この便には副操縦士も女性が務めたと言われています。
体格などのハンディや、女性の副操縦士は産休や育児で訓練を休むと倍の訓練を必要とする中、見事克服し、永年の夢を叶えました。既に藤さんと同期の男性は、ほとんど機長になっているそうです。
やはり「一念岩をも貫く」見事なケ-スですね。どんなに困難が待ち構えていても、あきらめず夢を持ち続ければ不可能を可能とできるのです。心から藤さんに祝福の言葉を捧げたいと思います。
[2010年07月15日(木曜日)|No.1852]
こういった話は本当に好きです。新聞に載っていた「バスの背に手を振る両親」という、ちょっと良い話を紹介させて下さい。
沖縄の両親を見舞って東京に帰る日、せっかちな父から「バスの時間があるから家を早く出ろ」とせかされた。仕方がないので早めに家を出る。バス停まで7分ほどかかるが、余裕を持って到着した。梅雨が明けて暑く、汗が流れる。
時計を見ると、そろそろバスの時間だ。バスの来る方向へ目をやると、見覚えのあるシャツが見えた。「まさか」と思いつつ、目をこらすと近づく人物はやっぱり父だった。
「父ちゃん、危ないでしょう」と、胸がじ−んとしてくるのを言葉で遮った。「これくらいなんとも、ないよ。大丈夫」と言ったきり、父は黙り会話は途絶えた。
緑内障を患い、目が不自由なのに無理して見送りにやってきた。足元がよく見えないせいで、足を骨折しやっと回復したばかりだった。
バスは予定時間を5分過ぎたが、まだ来ない。すると道路を小走りに横切っている人がいる。「危ない。あれ、母ちゃんじゃない」
母の後ろからバスがやってきた。私はバスに乗り込んだ。母がバス停に着くか着かないくらいに私一人を乗せ、バスは発車した。
94歳の父と87歳の母、ふたりはバスに手を振っていた。ずっと。私は車内で「東京は遠いね」という母の言葉を思い出していた。
思わずグッとくる話ですね。まさに「親思う心に優る親心」ですね。親から見たら子どもは幾つになっても目の離せない子どもです。親の期待にしっかりと応えられるような人生を歩みたいものです。
[2010年07月14日(水曜日)|No.1851]
ワールドカップがスペインの初優勝で幕を閉じました。オランダと、どちらも初優勝をかけて決勝に挑んだのですが、延長戦でスペインに凱歌が上がったのです。
この大会、日本の戦前の予想を大きく覆す善戦もあり、いつになく我が国も盛り上がったのではないかと思われます。優勝したスペインでは多くの人たちが凱旋パレードに押し掛け、熱狂を帯びていました。
この優勝が少しでもスペインの経済効果に功を奏すことを願いたいものです。さて、今回のワールドカップで一番の人気者だったのは、何と言ってもドイツの水族館にいる、タコのパウル君でなかったではないでしょうか。
ご存じの通り、今大会のドイツの全試合と決勝戦の結果予想を全て的中させたからです。この8試合全てを、対戦国の国旗をつけた2つの水槽の中に置いた餌箱のうち、どちらを選ぶかで勝利チームを占ったのです。
しかし、優勝したスペインとドイツの準決勝の試合では、スペインを予想し、それが当たったものですから、自国では別の意味で大変な騒ぎになったものです。
パウルを寿司ネタにするとか、ボイルして食べてしまえなど、次々と脅迫めいたメールが送られ大騒ぎになったのです。
それでもスペインの首相までがその護衛を申し出るようなこともあり、何とか収まることができました。世界中にはうがった見方をする人がやはりいて、パウル君には裏事情があるとの説も出ています。
その指摘は陰に優秀なブレーンがついていて、彼らが情報を事前にしっかりと分析し、選ぶ壷の片方に予め好物を入れてあるからというものです。
そうした真偽は定かではありませんが、もしそれが本当だとしても、結果をしっかり出しているのですから、見事なものではないでしょうか。
このパウル君、英国生まれの2歳とのことです。タコの寿命は短く、せいぜい3歳ぐらいまでと言われていることから、話題を呼んだ占い業をここで引退すると伝えられています。
賢明な選択ではないでしょうか。惜しまれて世を去るのではないのですが、華のあるうちに退いた方がよいに決まっています。
余生を静かに送らせてあげさせたいものです。ドイツ・オーバーハウゼンのシーライフ水族館では、「世界中からのオファーを慎重に吟味し、パウルを直接巻き込まない形で、その名をさらに広める」という声明を出しています。
オファーがあるのは活躍した本田選手や長友選手だけではないのですね。余分な話ですが、このドイツに留学している我が息子も、もうじきその期間が満了し、やっと帰国の途につくことになっています。
帰る前にこの水族館に行くかどうかは知りませんが、元気に戻ってきてもらいたいものです。それにしても1年経つのは本当に早いものですね。
[2010年07月12日(月曜日)|No.1850]
参議院選挙が終わりました。民主が敗北、自民が雪辱、みんなの党が大躍進と言える選挙ではなかったかと思われます。
昨日は、私は一日所用で出掛けなければいけなかったため、朝一番の7時に投票所に家内と一緒に駆けつけました。初めてこの時間に行ったのですが、少し混んでいるのにはびっくりしました。
やはり我一番乗りと勇んで駆けつける人が少なくないからでしょう。民主党は改選前の54議席を大きく下回り、国民新党を含む、この与党が過半数を割り込み、衆参両院で多数派が異なる、ねじれ状態となってしまいました。
選挙前、菅首相の口からいきなり飛び出した、消費税10%論議の影響が少なくなかったようです。日本をギリシャのような財政破綻から救わなければという気持ちは分からないわけではないのですが、いかんせん言い出したタイミングが悪すぎました。
一部経済の上昇傾向は見えるものの、デフレは依然として蔓延し、人々のマインドが相変わらず落ち込んで、消費傾向が伸びていないからです。
日本がギリシャと根本的に違うのは、国債を海外の投資家に頼っているギリシャに比べ、我が国はその94%を国内で消化しているのです。
それだけに、この先遅かれ早かれ財政再建に着手しなければいけないものの、今の経済環境では消費税増税はタブーだったように思えます。
それよりもまず無駄をもっともっと省くことに、多くの国民の目が注がれているのではないでしょうか。それは人気の蓮舫さんの大量得票結果にも現れていることです。
またそうした事業仕分けのみならず、天下りの廃止や公務員改革、そして「隗より始めよ」の言葉通り、国会議員自ら定数削減や歳費のカットを自ら行っていかなければなりません。
そうしたプロセスを経てはじめて、増税論議が説得力を増すというものです。今回昨年の補欠選挙で参議院議員になった、我が同級生は比例区の厚い壁に阻まれ、涙をのむ結果となりました。
私も朝一番に、彼の当選を何よりも願い、清き1票を投じたわけですが、実らず残念な結果となったわけです。それでも伝えるところによると、彼は今朝7時半にはいつものように白衣に着替えて、元気に診察に当たっていたようです。
さすがはノーと言わず、地元に根ざした人気病院の理事長です。捲土重来、また必ずやってくると思われる、彼の出番に期待したいものです。やはり選挙は蓋を開けてみないことには判りませんね。
明日13日は一日出張で会社を留守にするため、カキコミは休ませていただきます。
[2010年07月09日(金曜日)|No.1849]
昨日は一日出掛けていたため、カキコミができず失礼致しました。先日のテレビで認知症予防のことについて、少し触れていました。
認知症などは自分には関係ないと思っていたら大間違いです。60歳になった私もそう思っていた一人なのですが、どうも身近なこととして考えていかなければいけないようです。
テレビでは自分の生活をちょっと変えるだけで、認知症を防げると指摘していました。主に次の4つのことについて留意せよと挙げています。
まず1番目は家事を行うことです。認知症は前頭葉の働きが低下することにより起こる病気で、この前頭葉を刺激する要素が多ければ防ぎやすいと言われています。
そして家事もただ何気なくやっているだけでは駄目で、次の5つのポイントを挙げていました。
@ 掃除はチリトリやほうきで行う
A 皮むきは包丁で行う
B スイ−ツは手作りがよい(出来上がりをイメ−ジして行うのがよい)
C アイロン掛けは夫のことを思いながらする(嫌々だったり、仕方なくやっていては脳が活性化されない)
D ご飯をよそうときは利き手の逆の手で行う
それから2番目として耳という要素を挙げていました。脳とこの耳には深い関係があるそうで、耳の感度を上げることが耳の老化を防ぐとのことです。
聞き返すことが多くなったら要注意で、右耳で聞く方が脳の処理能力が早いと言われています。この耳の老化防止には鳥のさえずりとか小川の水の流れなど、高周波の音を意識的に耳に入れることがよいとされています。
そして3つ目は速聴です。石川遼くんがCMに出ている英会話などの聴き取りも当てはまるのでしょう。また最後の4つ目は歌うことがよいそうです。
ある病院ではカラオケ療法というものもあるくらいで、最近の歌より、気持ちを込めて歌いやすい昭和歌謡がお奨めとのことです。そういえば、今、鳩バスのツア−でも、都内を昔懐かしい歌を歌いながら回るコ−スがとても人気があるそうです。
このカラオケにも効果的なのは次の3か条を挙げていました。
@ 歌詞を丸暗記して歌う
A 男性は女性の曲を、女性は男性の曲を歌うのがよい
B 人が歌っているときでも、見ているだけでなく口ずさむのがよい
このように、なかなか思い出せないことから認知症は始まることから、できる限り自分の努力で少しでも頭を活性化させる工夫が必要なことと思います。また、ただ流されているだけの生活では、いつそうしたものが自分を襲ってくるか、分かりません。
やはり意識して心がけているだけで、違いが出るものです。とにかく認知症になり始めたら自分では分からないだけに、予防に十分努めたいものです。
[2010年07月07日(水曜日)|No.1848]
軽井沢の工事を挟んだため、だいぶ話が古びてしまいましたが、やはりこの話題を採り上げないわけにはいきません。
ワ−ルドカップの決勝ト−ナメントの1回戦、日本対パラグアイ戦、延長30分でも決着が着かず、惜しくもPK戦で日本が敗れてしまったのはご承知のとおりです。このPKを外した駒野選手に、こんなに温かいエ−ルが寄せられていて嬉しくなりました。
「駒野よ、おまえは悪くない」敗戦の直後、簡易投稿サイト「ツイッタ−」にあふれたのは、PKに失敗した駒野友一選手への、激励と感謝の言葉だった。
「駒野のせいだと思っているのはたぶん世界中で駒野だけなんだよなあ...だからつらい」
「今までどれだけ失点を防いでくれたか。ありがとう」。
試合後、泣いている駒野選手の元に、パラグアイの選手が声をかけたことも話題を呼んでいた。「こんなシ−ンがあるからこそスポ−ツの意義がある」
チ−ムメ−トが駒野選手を抱き寄せる様子を見て、こう書いた人もいた。「今の社会で、こういう光景はなかなか見られない。ミスをしたら責任を問われるから、無難な行動しかできない」
そして闘莉王選手の一言もよかったですね。このPKで最後の5番目に蹴るはずだった闘莉王選手は駒野選手にこう言ったそうです。
「俺がおまえの代わりに蹴ったとしても、きっと外していたよ」とても優しい言葉ですね。戦前とかくあれこれ言われたチ−ムだったのですが、苦難を乗り越え1つにまとまっていったのでしょう。やはり個人の力より、結束力の強さが実を結んだ成果だったと思います。
[2010年07月06日(火曜日)|No.1847]
軽井沢の続きです。汚い話で恐縮ですが、こちらにやってきた日の晩、ちょっと飲み過ぎたところもあるのですが、何か食べ合わせが悪かったのか、次の日から下痢が止まらなくなってしまいました。
今まで1日ぐらいのことはありましたが、3日も4日も続くなんてことは過去には経験のない話です。従ってその影響で上から物を入れることができなくなってしまったのです。
そんなとき多湖先生から食事に誘われたのです。一度ゆっくりこちらの話も聞いてみたいと言われているのです。今までになかった良い機会でしたので、何とか同行したかったのですが、いかんせんその腹の調子ではままなりません。
丁重にお断りして、また次の機会にしていただいたのです。そしたら先生が、えらくこちらの体調を気遣ってくれるようになったのです。下痢にはこの薬が一番だと言ってわざわざ薬を届けてくれたり、何かと配慮していただけるのです。
そして昼食に、そばなら大丈夫だろうと言っては誘ってくれます。こうして3日目の晩には、とうとう先生の強いお誘いでご自宅に泊まらせていただくことになったのです。
何度もこの別荘のある場所にはお邪魔しているものの、もちろん家の中に入るのは初めてです。さすがに多湖先生ともなると、別荘といえども中は贅を尽くされています。その多くの交友関係からでしょうか、ゲストがいつでも泊まれるように細かな配慮も為されています。
お風呂などは邸内に3箇所もあるとのことです。またゲストル−ムと呼ばれる別棟のスペ−スには大型画面が中央に位置し、昔懐かしい、学生時代によく聴いた、城達也さんのジェットストリ−ムのDVDを聴かせていただきました。
先生のお話では、あるゲストの女性の方がここでサラブライトマンの歌を聴いて、感動して涙ぐんだほどとのことです。こうして楽しい先生のお話をいろいろと聞かせていただきながら、夜は更けていきました。
それにしても先生は大正15年生まれとお聞きしましたから、今年で84歳になられるのでしょうか。とてもそんなお歳には見えないほど全てにエネルギッシュです。少し下にはなりますが、家内の実家の父同様、このお歳で溌剌としている方は羨ましい限りです。
それと何よりも敬服したのが、偉そうな素振りが少しもないのです。一介の、しかも業者でもある私たちに対しても、本当に丁寧に応対していただけるのです。やはり私が座右の銘としている「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ですね。
こんなわけで体調は最悪でしたが、軽井沢での数日はとても意義あるものでした。この人の為に何とかしてやろう、という気持ちになるのはやはりそれだけの理由があるものです。
[2010年07月05日(月曜日)|No.1846]
カキコミが大変遅くなってしまい、失礼致しました。28日月曜日早朝より、軽井沢に工事で出掛けたのですが、設備等の遅れもあって、当初2日の予定が4日間も掛かってしまいました。
中軽井沢にある、千葉大名誉教授・多湖輝先生の別荘に、ここでまた新たな乗用モノレ−ルを設置することになったのです。古い方ならご存知のことと思われますが、昔、頭の体操という著者でもある多湖先生はテレビでも顔なじみの方でした。
その別荘に以前もモノレ−ルを設置させていただいたのですが、中段にある別荘の玄関口から、更に上方へと51m延ばし、別のモノレ−ルを敷設することになったのです。
新たに敷地を買い求められた最上部には、見晴台と呼ばれる建物(この地域の条例により、場所的に家屋との認定がなされないとのことです)が急ピッチで建造されています。ここまで上ってきて、今回新しい発見があったのですが、とても眺めがよいのです。
以前の敷地内ではこんもりとした木々に覆われているだけで、眺望は開けていなかったのですが、この最上部からは眼下に佐久の街から続く景色が広がっています。そして北には白煙を上げる浅間山まで眺めることができるのです。
先生が無理をしてでも買い求めたわけがよく解りました。しかし私たちのモノレ−ルの敷設に関しては少し大変でした。何しろ角度は上り始めがほぼ35度、そして途中から30度に変わる急傾斜に加え、途中の小川を挟んで足場があまりよくないのです。
それでも先生のお招きするお客様が2日に来られるということで、何とかそれまで間に合わせたかったのです。また乗用モノレ−ルにしても、前回とは方式を変えたのです。
以前の走行キャビンは、ワイヤで吊るした巻き取り式モ−タの駆動により走行を行っていたのですが、今回は前後に別々のモ−タをつけ連動させた自走式です。また給電も走行キャビンと一緒にスライドしていたカ−テンケ−ブルから、トロリ−ルと言って、3本の給電レ−ルに沿って動く集電ア−ムというものから電源を供給させるタイプです。
形としては電車のパンタグラフを逆さまにしたようなものです。そしてこの自走式キャビンですから、外部との信号のやりとりは無線で行わなければならないのです。
こうした新方式を初めて採用する機会となりましたので、私たちにとっても施工の難易はともかくとして、とてもやりがいのあったことには違いありません。
でも応援で手伝っていただいた方を加え、社員の頑張りで多少は延びたものの、何とか無事収まることができました。この工事の期間中、多湖先生もちょうど別荘に滞在中でしたので、試運転の最中にもキャビンに同乗して頂いたりして、お喜びのご様子でした。
やはりいつも言っていることですが、お客様の喜ぶ姿を描いて仕事をしたいものです。何回か、この軽井沢には通っているものの、多湖先生にはあまりお目に掛かれる機会がなかったのですが、今回は最初から最後までお付き合いさせていただきました。
そしてそのことから、多湖先生の本当にお気遣いのある、優しい人間性に触れることができたのです。次回引き続き紹介させていただきます。
[2010年06月25日(金曜日)|No.1845]
いやあ−、注目のデンマ−ク戦、日本の快勝です。日本中の多くの人達が大きな感動に包まれ、溜飲を下げているのではないでしょうか。
昨夜は会合があり、その流れで少しお付き合いして帰ったのですが、朝3時に目覚ましをセットした通りに起きることができ、このデンマ−ク戦のテレビにかじり付きました。
前半17分、かなり距離があったと思うのですが、本田選手の見事なフリ−キックでまず日本が先制したのです。そして30分にも、今度は遠藤選手がこれも見事なフリ−キックで2点目の追加点を挙げました。
そう言ったら怒られるかもしれませんが、どちらのシュ−トも日本人離れしているように思えたほど、キ−パ−が全然追い付けない強烈なシュ−トでした。
2点目は最初、先に得点を挙げた本田選手が蹴るのかなと思ったのですが、蹴ったのは遠藤選手でした。VTRで見ても、相手の壁を右からうまくよけながらカ−ブの軌道を描き、ゴ−ルネットに突き刺さっています。
また本田選手のフリ−キックは無回転と言うのでしょうか、これも絶妙にコントロ−ルされたゴ−ルがネットに吸い込まれたのです。まさに2本とも胸のすくような見事なゴ−ルだったと言えます。
こうして2−0で迎えた後半、逃げに回ったら嫌だなと思っていたのですが、そんな心配が全く不要なほど、日本は積極的にプレ−していたように思えます。少し厳しいなと思えた判定による、長谷部選手の反則で与えられたPKで1点を挙げられたものの、すかさず岡崎選手の駄目押しとも言えるゴ−ルで、勝利をほぼ手中に収めたのです。
これは岡崎選手のワ−ルドカップ初ゴ−ルと言われていましたが、この得点に強く胸を打たれたのです。それは観ていた人なら誰もがそう感じたと思うのですが、決定的となった本田選手が自らシュ−トするのではなく、しっかり視線に入っていた右の岡崎選手へ、絶妙のアシストとなるパスを出したのです。
このアシストになぜか感動したのです。マスコミに影響されてか、とかくビッグマウスとか何とか言われている本田選手に対し、実態は知らないものの、我が道を行く自分勝手な選手ではないかと思っていたからです。
でもこのアシストにはそういったものではない、凄く彼の持つ優しさを感ずることができたのです。試合後のインタビュ−でも、ちょうど同じくらいの年齢になるのでしょうか、「オカにも決めさせてやりたかった」と述べていました。
そして勝ちが決まった後の日本チ−ムもよかったですね。控えを含む全員が肩を組んで円陣を張り、1つになって喜びを分かち合っていました。眺めていても本当に気持ちがよかったものです。
これで目標の予選リ−グ突破を果たすことができました。戦前は3試合全敗でお帰りとか、ずいぶん酷いことを言われていましたが、岡田監督の面目躍如たるところで、少しは鬱憤を晴らすことができたのではないでしょうか。
これからは勝てば官軍で、手のひらを返したような周囲の豹変さに、さぞ複雑な思いのことと思われますが、決勝ト−ナメントの結果がどうであれ、胸を張って帰って来ることができます。私も以前この欄で、そう願っていたとおりの結果となり大満足です。
来週の28〜29日はここでまた、お引き合いを頂いたモノレ−ルの工事のため、軽井沢に出張します。カキコミは休ませて頂きますので、よろしくお願い致します。
[2010年06月24日(木曜日)|No.1844]
日本列島、今日だけは梅雨も中休みでお天気になりそうです。でも昨日あたりは東名を走っていて前が見えないくらいの豪雨でした。被害が出ている九州など、これ以上拡大しないことを祈っています。
さて大相撲はどうなる?ことでしょうか。開催が危ぶまれている名古屋場所うんぬんより、もっと根っこの部分にメスを入れなければいけないように思っています。
大相撲の開催をよく興行と呼ばれているくらいですから、野球賭博に限らず、もっとその付き合いは以前からで、根深いものではないでしょうか。
この名古屋場所にしたって、昨年は二人の親方が暴力団の組長らに、土俵下の維持員席で観戦できるように、便宜を図ったことが既に明らかになっています。きっと、こんなことなどに留まらない深い付き合いがあるものと思われます。
そうでなければ、親方衆まで賭博に関与しているような体質が生まれるはずがありません。今回の不祥事を受けて、NHKは7月4日の理事会においての開催決議を待たなくても、名古屋場所のテレビ中継を中止するかもしれないとの声明を出しました。
いよいよ大相撲のピンチです。国技ということにかまけて、旧態依然とした体質で進めてきた、永年のつけがここでドッと出たのでしょう。従って、ここは今までの甘えた体質に楔を打ち、うみを出し切るときではないでしょうか。
ですから場所の開催など、所詮は無理な話ではないでしょうか。でも貴乃花親方のように、こうした古い体質を変えなければ大相撲の前途はないといった、その改革を真剣に考えている人も少なくありません。
こうした人たちのためにも、前向きな改革をしなければいけない時のような気がします。それには言われているように、旧力士だけによる協会の運営はもう限界ではないでしょうか。勇気ある決断を望みたいところです。
余分な話ですが、賭博に関与した琴光喜関を恐喝した暴力団関係の人間は、かなり自身の身の危険を感じているのではないでしょうか。望ましいことなのですが、恐らくこれで相撲界の野球賭博が根絶することになれば、暴力団は自分で自分の首を絞めることになるわけです。
そういった意味でも、そこまで考えていなかったかもしれませんが、あまり利口な手口ではありません。やはり自業自得ですね。
[2010年06月22日(火曜日)|No.1843]
東京のある中学校に、10秒ほどで終わる「伝統行事」があり、先輩から後輩へ受け継がれ38年続いているそうです。このちょっと良い話を紹介したいと思います。
一部省略してあります。「おーい」「行ってらっしゃい」黄色や青のポンポンを持った1、2年生がフェンスに張り付き、通過する新幹線に向かって声を上げた。
19日朝、東京都の品川区立荏原第3中学校の屋上。京都への修学旅行に向かう3年生を乗せた新幹線はビル街を抜け、徐々にスピードを上げながら学校の前を走り抜ける。38年続く、ほんの10秒ほどの伝統行事だ。
新幹線までは、ほぼ100m。行き過ぎる車窓から、「見えてるよ」というように、合図のカメラのフラッシュが一斉に光った。
始まりは修学旅行専用列車「ひので」号から新幹線に切り替わった直後の1973年。当時、音楽を教えていた山田敦子さんはそれまで教室の窓から見送っていたが、「新幹線は速くて見にくい」と数人の生徒と屋上に上がって旗を振った。
そんなささやかな見送りが先輩から後輩へ受け継がれ、いつしか学校行事となって父母も加わった。1、2年生が見送り、3年生になると見送られる。
卒業生の中には「同じ経験をさせたい」と横浜市内から娘を入学させた父親もいる。「荏原3中の皆さん、左手をご覧ください」という車内アナウンスが流れたこともある。
19日朝、雨上がりの屋上には山田さんの姿があった。学校が統廃合の対象になり、今の校舎での見送りは今年が最後。統合後の校舎もほぼ同じ場所に建て替えられるが、4階建てから3階建てになるため、同じように見送りができるかどうかはわからない。
「生徒は減り、ビルが増えて、屋上からの眺めも変わった。だけど、親が子どもを思う気持ちも、先輩から後輩に引き継がれた思いも変わっていないなあ。どんな形でも続けてほしい」そう言って、目を細めた。
同じ席になった相手が嫌だと、女子生徒がナイフで同級生を刺す、殺伐とした今の世の中にあって、何かほのぼのとさせられる伝統行事です。
たったの10秒かもしれませんが、見送ってもらった方の、嬉しい感謝の気持ちは一生忘れることのない出来事になるのではないでしょうか。是非、続けてもらいたいものです。
明日は一日、出張で会社を留守するため、カキコミは休ませていただきます。
[2010年06月21日(月曜日)|No.1842]
海の向こうからは宮里藍ちゃんの今季4勝目のニュ−スが飛び込んできました。全米オ−プンの決勝に残り頑張っている石川遼君同様、日本人選手もしっかりと結果を残すようになっています。梅雨の天気でどっぷりと沈むような天気ですが、こうした活躍に少しでも元気を頂いていきたいものです。
さて土曜日の夜は日本中、盛り上がったのではないでしょうか。ワ−ルドカップ、日本対オランダ戦があり、翌日も日曜日で多くの人が休みだった関係で、テレビの中継にかじりついた人が多かったのではないでしょうか。
試合は惜しくも0−1で日本が敗れてしまいました。でもよくやったと言えるのではないでしょうか。対するは優勝候補とも言われているオランダです。前半の45分などは特に決定的な危ない場面もなかったように思えます。
試合後、関係者は口を揃えて、もう少し引いているばかりではなく、前線を上げてプレ−した方がよかったなどと言っていますが、果たしてどうでしょう。
明らかに攻撃陣が日本と違って強力なオランダだけに、あそこまで守れていたかどうか判りません。それは後半に先制された後、日本が少し上げて攻撃に回った際、ゴ−ルキ−パ−・川島の好セ−ブに救われたのですが、決定的な再三のピンチに見舞われたことでも言えるのではないでしょうか。
やはりオランダとは明らかに実力が違うのです。それだけに前半ほとんど決定的な場面を相手に与えなかったことは日本の善戦と言えるのではないでしょうか。
それにしても我らの俊輔さんはちょっと迫力がなかったですね。サッカ−をよく知らない私達はなぜエ−スである、中村選手を出さないのか、よく解らなかったのですが、この試合で少し解ったような気がします。
やはり走れないし、守れないのですね。本当に数少ないチャンスだけに、突進力のある選手でなければならないように思えます。また岡崎選手の決定的な場面が終盤あったのですが、あれがもしオランダ選手であれば決められていたでしょうね。
身体的能力の大きな差のような気がします。しかし、この日本選手の頑張りで、最終戦まで望みを繋げてくれました。デンマ−ク戦での更なる健闘を祈りたいと思います。
[2010年06月18日(金曜日)|No.1841]
今月28日から一部高速や有料道路の無料化が実施されます。社会実験ということで来年の3月までの予定となっています。
自分たちが直接影響の出てくる所としては、箱根新道(山崎IC−箱根峠IC、14キロ)と西湘バイパス(西湘二宮IC−箱根口IC・石橋IC、15キロ)がその対象となっています。
その実施期間中、通行にいくつかの注意点が必要だとの記事が載っていました。ETC搭載車は今までどおりの通行で、料金が徴収されない仕組みで何も問題ないのですが、問題は未搭載車についてです。
無料になったからと言って、そのまま素通りできるのではなく、一般レーンの入り口で通行券を受け取り、出口で通行券を渡して無料化区分を差し引いた料金を支払うと言われているのです。
前記の箱根新道などは料金所が下りの入口と上りの出口を兼ねた1箇所しかないため、これは必要ないものと思われますが、一部高速などの無料化区間だけを走行する場合でも、必ず通行券を受け取る必要があるとのことです。
ただ料金所が1箇所だけの所でも、交通量を調べるための利用証明書というものを受け取らなければいけないため、停止しないで突っ切ることはできないそうです。
この無料化の目的やめざす効果については、物流コストの引き下げや観光振興などへの好影響とのことですが、果たしてどうなるものなのでしょうか。
私どもの勝手な理屈を言わせていただくと、箱根新道と西湘バイパスはどちらも1回250円の通行料金です。この道路に併走している無料道路として、箱根の旧道と国道1号線旧道路があるのですが、有料道路を使用する私達は、この250円で安全と安心を買っているとも言えるのです。
休日や通勤時間帯など無料の道路は(そればかりの理由ではないのですが)渋滞で到着時間が読めないため、仕事上、安全サイドで考え、ある程度は到着時間が読める有料道路を使用しているのです。
ところがどうでしょう。無料化になった途端、多くの車、少なくとも今まで以上の車が押し寄せることになるものと思われます。これでは遊びで使用するのならいざ知らず、仕事で利用する場合、お客様との約束を十分果たせなくなる怖れも出てくるのです。
こんなわけで、実施される無料化の社会実験には賛成しかねるのです。言い方が適切ではないかもしれませんが、250円で安心と安全が買えるのなら安いものです。
さて今月末からの実施結果はどうなることでしょうか。今までどおり、安心して小田原まで1時間ちょっと、平塚にしても1時間半も掛からず行けるように、ただただ願うものです。
[2010年06月17日(木曜日)|No.1840]
今日は梅雨の合い間の一日で、朝からお日様がギラギラと照りつけ、暑い一日になりそうです。しかし予報では明日からはまた崩れると言いますから、週末の良いお天気は期待できそうもないですね。
国会が昨日で閉会となり、いよいよ7月11日の参議院選挙に向けて突入しました。我が同級生である土田博和氏も昨年補選で議員となったものの、残り任期が1年しかなかった関係で、ここでまた選挙の洗礼を受けなければなりません。
しかし民主党の前議員・藤本氏との関係もあって、今度は地方区から全国比例区に回ることになりました。本人の話ではこの全国区というのがなかなか大変のようです。
衆議院の全国区と異なり、投票用紙にも民主党とただ書いただけでは本人の票には繋がらないとのことです。ですから候補者自身の名前を書かなければいけないのです。
候補者自身の名前と党への投票の合計した票数が、それぞれの党の当選ラインを決める振り分けになるのですが、党の中での候補者の当選順位は個人への得票がその基準になるからです。
ですから衆議院のときのように、予め名簿順位が決まっているわけではないので、全国区でも個人への投票がなければいけないのです。これでは全国的に知名度の高いタレント議員などに敵うわけがないのです。
それから日教組とか各組合などの組織票がなければ、なかなか厳しいのです。こんなわけですので、全国的に票を集めるというのはかなり、しんどいみたいです。
そして地方区と違って、全国区は身近に感じないところから、地元の選挙民の注目を集めることも難しいようです。従って前回の補選のように、1議席を自民か民主かという選択でもありませんから、彼にとって今回の選挙はかなり厳しいものになるとのことです。
しかし折角、同級生の中で唯一国会議員になれた彼ですから、何とかその地位を守ってやりたいものです。地元御殿場ではノ−と言わず、いつどんなときでも診てくれる病院として、彼が病院長となっているフジ虎ノ門整形外科病院と彼の人気は絶大なものです。
先日も知り合いのサッカ−をやる子が試合中、大ケガをしてこの病院に運ばれたのですが、何とか一命を取留めてもらったようで、胸を撫で下ろしています。
あまり政治家らしいハッタリがきいたり、派手なパフォーマンスがなく、医療の未来を見据え、地元への貢献を地道に図っている彼だけに、何とかこの選挙にも勝たしてあげたいと願っています。
[2010年06月16日(水曜日)|No.1839]
ワ−ルドカップのカメル−ン戦勝利に沸く国内ですが、もう一つ信じられないような快挙が「はやぶさ」の帰還です。
この小惑星探査機の「はやぶさ」が13日、7年にわたる約60億キロの旅を終えて無事帰還しました。オ−ストラリアの中南部の砂漠地帯に、本体から切り離されたカプセルが、パラシュ−トを開きながらほぼ想定通りの場所に落下したのです。
この本体は残念ながら大気圏に突入した途端、高熱のため燃え尽きてしまいましたが、月以外の小惑星「イトカワ」で採取したかもしれない試料の可能性を残したカプセルを切り離し、その長い役目を果たしたのです。
それにしても、2003年5月の打ち上げから7年も掛かり、予定より3年長引いた旅の総距離は、月への往復8000回に相当する約60億キロと言われるから、何とも凄いものです。
またこの帰還に至るまでは、奇跡的な3つの危機を乗り越えているのです。 1つは通信の途絶えです。打ち上げから2年4ヶ月掛かって「イトカワ」に着陸した後、11月の離陸時、姿勢制御用の化学エンジンがまさかの燃料漏れを起こし、その反動で姿勢が乱れ、通信も途絶え行方不明となったのです。
この姿勢というものは探査機にとって生命線と言われ、アンテナが地球に向かなければ交信できないのです。それから微弱な信号をとらえるのに7週間も掛かり、意地と忍耐と神頼みの日々だったと言われています。
それから2つ目の危機はその燃料漏れで、推進力の強い化学エンジン12基がすべて故障したことです。このため長距離航行用のイオンエンジンで代用し、何とか瞬発力を得て危機を脱したのですが、当初予定した帰還軌道に乗り損ね、3年間の遅れが生じたのです。
従ってその分、部品劣化も進んだ関係で、復路は寿命との闘いだったとのことです。でも地上から指令した以上の働きをしてくれた、と言われているほどの活躍を見せていたのです。
そしてもう1つはその懸念が現実となり、頼みの4基中3基目のイオンエンジンが故障したのです。それは帰還が絶望視される故障だったのですが、故障個所の違う2基をつなぎ合わせて1基分にするという、賭けとも言える試みの結果、見事成功したのです。
こうしたまさに満身創痍とも言える3つの危機を乗り越えての帰還は、研究者の粘りと日本の技術が生み出したもので、「不死鳥」とも呼ばれる所以でしょう。今回の帰還に大活躍した、NECの作ったイオンエンジンなどは、日本が世界に誇る技術を立証し面目躍如たるところです。
そして電気推進エンジン分野で、今後の世界市場を大きく賑やかすことになるでしょう。月以外の探査成功は世界で初めての快挙です。どんなときでもあきらめない、この「不死鳥」とも言える「はやぶさ」は閉塞する日本に大きな勇気と感動を与えてくれました。
少しでも夢と希望を持ち続けたいため、地球帰還への旅とその活躍を描いた映画の上映されている、プラネタリウム博物館に是非足を運んでみたいと思っています。