株式会社 アイソー




2009年01月の日記

見つめられる

[2009年01月29日(木曜日)|No.1564]

愛犬の話題です。新聞に、愛犬に見つめられると、相手への信頼感や絆を強める働きのあるホルモン「オキシトシン」が飼い主の体内で増加すると載っていました。
 
このオキシトシンというホルモンは、哺乳類の母子関係や夫婦の絆形成に関係しているとされているそうですが、犬と人間という異種間での作用が確かめられたのは初めてと言われています。
 
ここにも書かれていましたが、まさに「目は口ほどに物を言う」ということなのでしょうか。
 
我が家の愛犬も毎朝、目覚ましが5時半に鳴り、やおら私の起き出す気配を感じたら、もうじっとしてはいられません。それこそドアをノックするように、部屋の仕切りの扉に飛びつくかのように、開けろとのサインを送ってきます。
 
そして私の顔を見るや否や尻尾をバタつかせ、愚図な私を催促するかのように、何とも言えないような泣き声を上げ「散歩に早く行こう」と急かせるのです。まるでその様子は犬とはいえ、人間と何にも変わらないとも言えるのです。
 
こうして出かける直前には素直にリ-ドも着けさせ、こちらの待てのサインにも大人しく従います。そして約30分間の散歩を終え、家に戻り、一通りの後始末を済ますと、今度はいよいよ待ちに待った朝食です。
 
餌を準備するこちらをじっと見つめながら、静かに座ってその時を待つのです。こうしてこちらの「よし」の合図が出るまではじっとお互いの目と目を見つめ合うのです。
 
まさにこれがここで言うところのオキシトシンの分泌なのでしょうか。ラブラドル独特の大きな瞳を爛々と輝かせてくれているのです。
 
研究では55組の飼い犬と飼い主で実験を行ない、1組ずつ30分間触れ合って、実験前後の飼い主の尿に含まれるオキシトシンの濃度を測定したそうです。
 
その結果、事前アンケ-トで犬との関係が「良好」とした飼い主13人はその濃度が1.5倍と大きく変化したのに比べ、「普通」の42人では変化が何もなかったとのことです。
 
やはり人間同様、しっかりとお互いの目と目を見つめ合うことが必要なのでしょう。人間でもそうですが、嘘を言っているときやバツの悪いときは目を逸らしているものです。
 
考えようによっては、子どもたちが順調にそれぞれの道を歩もうとしている今、家庭においても愛犬との触れ合いが一番その時間を費やしているかもしれません。ですからこちらのことも先方が一番分かっているでしょうし、相手になってくれているから、信頼感は益々強くなるわけです。
 
ということは、言い換えれば誰にも相手にされなくなりつつあるから、唯一愛犬に癒しを求めているのかもしれません。粗大ゴミとか濡れ落ち葉など、自分には全く関係ないと思っていましたが、どうやらそのような年代や境遇にだんだん近づきつつあるようです。
 
明日は早朝より一日、出張しますのでカキコミは休ませていただきます。


ヒ-ルの存在

[2009年01月28日(水曜日)|No.1563]

大相撲初場所でのサプライズは何と言っても横綱・朝青龍の復活優勝ではないでしょうか。とにかく場所前は出るとか出ないとか、また出場しても3番序盤で負けたらもう引退だとか、マスコミは好き勝手な報道を流していました。
 
それがどうでしょうか、初日や二日目こそ危ない相撲でしたが、日増しに本来の朝青龍の強さを見せ始め、15日間終わってみたら文句なしの優勝です。
 
限界説などさんざん書いたり言いまくってた評論家の面目は全くありません。一部の方は責任を取って坊主にするとかしないとかまで、ばつが悪くて言い出さなくてはならない始末です。
 
でも本人にしたら、これ以上溜飲を下げる思いはないものでしょう。まさに後はなく、がけっぷちまで立たされた人間が這い上がって極めたのです。また前出の評論家ばかりではなく、多くの相撲ファンのみならず、一般の人まで話題に巻き込んで注目を集めていたからです。
 
その多くの人たちは、この朝青龍のボロボロの姿を見るのを期待していたと言ってもよいかもしれません。お陰で今までにない場所中の入りやテレビの視聴率を記録したと言います。
 
まさに朝青龍さまさまです。こうしてみると、その多くはやはり強い人間の滅びていく姿を見たいのですね。そしてそれは強いばかりでなく、ことのほか悪役的要素が多いからでしょう。まさに水戸黄門が最後に印籠を掲げて、悪人をやっつける、あの姿に相通じているものと思います。
 
これは生来の日本人的、判官びいきと正義感の強いところから来ているものと思われます。ということはやはりヒ−ル(悪役)がいないと盛り上がらないことになるわけです。
 
ちょっと朝青龍には気の毒ですが、今のヒ−ルのまま頑張り続けてくれたら、当分この大相撲人気を保つことができるのではないでしょうか。そういう意味では皮肉な話ですが、角界にはなくてはならない人ですね。


ちょっと良い話part43

[2009年01月27日(火曜日)|No.1562]

久しぶりにちょっと良い話を紹介します。「みぃちゃんの初登校...のお話」というものです。
 
陽子さんには10歳の男の子と8歳の女の子、2人の子どもがいます。妹のみぃちゃんは軽度の知的障がい児です。
 
今日はみぃちゃんにとってNZ(ニュ−ジ−ランド)現地校初登校の日。その朝、陽子さんは不安と緊張で胸が押しつぶされそうでした。「やっていけるかしら」日本で特殊学級と普通学級を行き来していたみぃちゃんは随分いじめられました。
 
「ぞうきん、ぞうきん」と、はやされて泣きながら帰ってくるみぃちゃんを、陽子さんはただただ抱きしめてあげることしかできませんでした。誰も守ってはくれませんでした。NZへ来る前に駐在していたアメリカの日本語補習校ではこんなこともありました。
 
「上のお子さんは今日からでも入校できます。しかし困ったな、この子のクラスはないんですよ。見た目はそうとわからないボ−ダ−ラインの障がいの子が一番困るんですよね」
 
教頭先生はそう言ったきり、みぃちゃんを見ようとしません。入学拒否でした。長男だけを置いて、みぃちゃんを連れて帰ったあの時を思うと、みぃちゃんの手を握る右手に思わず力が入ってしまいます。陽子さんはドキドキしながらみぃちゃんの手を引いて校門をくぐりました。
 
朝礼が始まりました。校長先生がみぃちゃんに、こっちへおいでと手招きしました。うふふ、と恥ずかしがるみぃちゃんの肩を抱き、校長先生はみぃちゃんをこう紹介しました。
 
「人間はね、誰でも神様から1つずつ役割をもらってこの世の中に生まれてくるんだよ。この子はね、『やさしい心』をみなさんにプレゼントする役を神様からもらいました。どうかみなさん、彼女とたっぷり遊んで『やさしい心』を教えてもらってください」
 
生徒たちから大きな拍手が沸き、陽子さんは息が止まりそうになりました。涙があふれ、目の前がぼやけてにじみました。みぃちゃんはとってもきらきらと笑って立っていました。手はいつの間にか、校長先生の手をしっかり握っていました。

 
障がいは1つの個性だと言っている方もいますが、とてもそんな生易しいものではないと思われます。でも健常者として生まれ育っていてもその心はどうでしょうか。健常者でも心の障がい者とも言える方が少なくない中、このようなやさしい心を是非持ちたいものです。
 


夢のマスタ−ズ出場

[2009年01月26日(月曜日)|No.1561]

ついに夢のマスタ−ズ出場です。ご存知、石川遼君のところにこのマスタ-ズの招待状が届きました。特別枠ということなのですが、17歳6ヶ月という年齢での出場はもちろん日本人では初めてで、全体でも史上2番目の若さということなのです。
 
またこれに伴い、PGAツアーの「ノーザントラストオープン(2月19日-22日)」「トランジションズ選手権(3月19日-22日)」「アーノルド・パーマーインビテーショナル(3月26日-29日)」への主催者推薦による出場も果たしました。
 
いよいよ世界最高峰の舞台とも言えるアメリカツア-デビュ-です。最初に出るノ−ザントラストオ−プンというト−ナメントは、過去日本のプレ−ヤ−にとっても相性がよく、遼君にとっては絶好のデビューとも言えるのではないでしょうか。
 
さてこの4月第2週に開幕するマスタ-ズなのですが、日本人では昨年アメリカでの初優勝を遂げた今田竜二選手と、日本の賞金王となった片山晋呉選手の出場が既に決まっています。
 
この両選手と遼君の3人が出場するとあれば、日本人の私たちにとってはとても応援しがいがあり、楽しみなト-ナメントになってきました。おそらく眠たい目をこすりこすりの1週間になるのではないでしょうか。
 
それにしても小学校時代からの夢を簡単に叶えてしまった遼君なのですが、人気ばかりが先行しているようですが、ゴルフにかける情熱も半端ではなく、準備も万端に整えていることを知りました。
 
総工費約2000万円も掛けて、1600坪の専用練習場を自宅近くに建設しているというのです。公開されたバンカ−も、マスタ−ズが開催されるオーガスタ・ナショナルGCと同じ砂を入れて作っているとのことです。
 
また全英オ-プンの開催地として知られているセントアンドリュ−ス仕様の深いブッシュや、「タコツボバンカー」「アリソンバンカー」なども今後作られると言われています。まさに「備えあれば憂いなし」です。
 
このように聞くと、日本人である私たちの究極の願いでもある、マスタ-ズやメジゃ−大会の制覇も満更、夢でもありません。またこの練習場は本人のためばかりでなく、ジュニア養成の場所にもしたいを言っているからなかなか見上げたものです。
 
とにかくマスタ-ズには初出場ということですから、けれんみのない、思い切った石川遼君のゴルフを貫いてもらいたいものです。過去中嶋選手などの1ホ-ル13の大たたきもありますが、結果を恐れず、彼本来の大胆なゴルフを展開していけば今後に繋がっていくというものです。健闘を祈っています。


手間ひまを惜しまない

[2009年01月23日(金曜日)|No.1560]

一昨日の中小企業家同友会1月例会には、ゲスト8名を含む50人近くの方々が参加して頂きました。巷での深刻な不況問題が騒がれる中、同友会には自助努力で何とかしようという企業も少なくなく、いつも元気をいただけるものです。
 
先日の日曜日、この三島支部会員であるお店に食事に立ち寄りました。豪華な通常の食事メニュ−本とは別に、テ−ブルに置かれている、一品料理のお品書きを見て少しビックリさせられたことがあります。
 
もちろん手書きではなく、お造りの魚類など多くの一品料理のメニュ−が、そのお品書きには綺麗に盛り込まれているのですが、最後に平成21年1月18日という当日の日付が添付されていました。
 
ということは、毎日このメニュ−は書き換えられているものと思われるのです。もちろん、その日の魚など時価相場ですから、日々刻々とその価格が変わるものでしょう。
 
でもどうでしょうか。ほとんどのお店で毎日このメニュ−は替えられているものでしょうか。居酒屋などで黒板に手書きで書かれたものは目にしますが、日付まで入ったこうしたものはなかなか見掛けません。
 
たったこの1つのことだけで、毎日新鮮な魚などを提供してくれていることが予想できます。このちょっとしたことかもしれませんが、やはり差別化を図っているのです。
 
もちろんお店は観光バスなどのお客も含み大繁盛していました。決してその価格そのものは特別安いものではありませんが、こうして人々が押し寄せる理由を少し垣間見たような気がします。
 
店内にはこのお品書きを置いているテ-ブルも決して少ないものではありません。でもそうした手間を少しも惜しんではいないのです。やはり少しでも他との差別化を図るのなら、手間ひまを掛けるのを惜しんではいけないものです。このお店で私がいただいた料理がおいしかったことはもちろん言うまでもありません。


新しいアメリカへの期待

[2009年01月21日(水曜日)|No.1559]

アメリカ第44代大統領にバラク・オバマ氏が就任しました。この日を世界中が待ち望んでいたと言っても過言ではないでしょう。黒人では初めてのアメリカ大統領で、アメリカの歴史がこの日を境に大きく変革することを何よりも望みたいと思います。
 
正直言って私にとってアメリカはあまり好きな国ではありませんでした。大国のエゴというか、強いアメリカをちらつかせ、世界中を我が物顔のように君臨していたようにも思えるからです。
 
でもこのオバマ新大統領なら何かが変わるという、大きな期待を抱かせてくれるものです。人種差別の激しい国、アメリカで黒人でも極めればトップに就けるというアメリカンドリ−ムを叶えたのです。
 
ここに至るまでの道筋は、それは半端ではないほどの人知れぬ難局を切り開いてきたものと思われますが、人々に特に弱者に、大きな希望の灯を点してくれました。
 
また折が折、100年に1度とも言われる世界中が金融不況にあえぐ中、救世主のように現れたオバマさんには何か宿命のようなものも感じさせられます。
 
オバマ大統領就任式に合わせ、早速イスラエルはガザ地区攻撃からの撤退を開始しました。これなどまさにブッシュではない、新しいアメリカへの期待を示すものではないでしょうか。
 
200万人を超えるとも言われる観衆が集まる中、オバマ大統領はその就任演説でも、圧倒的な軍事力を背景に縦横無尽に振舞った前政権とは異なり、それぞれの立場を尊重した国際協調の道を探っていくとも誓っています。
 
その手腕に大いに期待したいものです。新聞にも先日書かれていましたが、イソップ物語にもあるとおり、旅人のマントを脱がすには北風(力の行使)ではなく、旅人を温かく包み込む太陽(対話)の方がふさわしいということです。
 
為政者はこのように何不自由なく育ってきた人より、弱者の立場でものを考えることができ、幾多の苦境を乗り越えてきた人のほうがずっと頼りになるというものです。
 
とても比べる器ではありませんが、我が国の宰相をみればそれは明白です。「われわれが現在、必要としているのは『責任』の新たな時代である」オバマ大統領が最後に述べたこの言葉を、しっかりと噛みしめなければと思っています。
 
明日は1日会社を留守にしますのでカキコミは休ませていただきます。


61歳は夢の始まり

[2009年01月20日(火曜日)|No.1558]

団塊世代の私たちにとって、ちょっと元気の出る話題です。歌手の秋元順子さんってご存知ですか?昨年末の紅白歌合戦にも女性歌手として、歴代最高齢でその出場を果たしている方です。
 
この秋元順子さんが歌う、「愛のままで...」という曲が、オリコンの週間シングルチャートで初の1位を獲得したそうです。この1位は61歳7ヶ月で獲得したもので、小田和正さんの記録を抜いて、60代では初の快挙という最年長記録とのことです。
 
とにかくエネルギッシュなその歌声は伸びやかで心に沁み入り、一度聞いたら忘れられないと評判になっているほどです。私も紅白で初めて知ったのですが、何となく引き込まれていったものです。
 
このオリコン1位も紅白出場が少なからず良い影響をもたらしているのでしょう。以前の『千の風になって』の秋川雅史さん同様、やはり実力のある歌手は機会さえうまく活かせば人々に認められるものです。
 
ところでこの秋元さんは学生時代に劇団で芝居や音楽を勉強しましたが、就職して結婚後は家業の花屋の手伝いや子育てに専念しました。
 
そして30代後半でバンドを再結成して東京のクラブでジャズやシャンソンを歌いつつ、57歳で自主制作したCD「マディソン郡の恋」を2000枚販売したところ評判になり、翌年、58歳でメジャーデビューを果たしたという異色の経歴の持ち主です。
 
ですからまるっきりの遅咲きデビュ−なのですが、音楽にかける夢を捨てないで持ち続けていたのでしょう。そしてここで大きくそれが開花しようとしているのです。
 
羨ましい限りです。あのケンタッキ−フライドチキンを立ち上げたカ−ネルサンダ−スも、FCビジネスを本格的に始めたのは65歳のときと言われています。ですから来年還暦だからと、こちらもまだまだ引っ込んではいられません。
 
むしろ60年周期の干支が一巡し、改めてまた新たな人生の始まりとも言えるかもしれません。ある人が干支学と算命学を併用して、今年を「紛糾し乱れた世に筋道が通りはじめる年」とも考察しています。
 
秋元順子さんもこの先、3ヶ月で全国25会場を回るのを皮切りに、今年1年間で70ものコンサ−トを精力的にこなす予定とのことです。自分の夢実現には歳なんか何も関係ないと、私たち団塊世代にとっても、とても勇気を頂ける彼女の活躍です。


ハドソン川の奇跡

[2009年01月19日(月曜日)|No.1557]

土曜日の午後から1泊でソフトボ-ル協会の新年会に行ってまいりました。行く先は伊豆中央道・大仁の料金所手前を降りてすぐの大仁ホテルです。
 
この大仁ホテルですが、かつてはあの長嶋さんが、シ-ズンオフになると山ごもりしてトレ-ニングに励んだ有名な場所でしたが、やはり時代の変遷でしょうか、すっかり大衆的になってしまってかつてのゴージャスなイメ-ジが薄くなってしまったようです。
 
もっとも、かつてのような高級ホテルでしたら、私たちはとてもこのように気軽に泊まることはできませんでしたが...
 
さて暗いニュ-スばかりが続いていた昨今ですが、嬉しいニュ-スが1つありました。ハドソン川の奇跡です。ご承知のとおり、ニュ−ヨ−クのラガーディア空港を離陸して直後のエアバス機が、エンジントラブルで飛行不能となってしまいました。
 
飛び立った元の空港に戻ったり、近くの別の空港への着陸も適わないほど、事態は急を告げていたのです。そして機長の機転がきく咄嗟の判断で、このハドソン川への不時着を果たしたのです。
 
好条件がいくつか揃っていたこともラッキ−でした。このハドソン川は川幅が1000mを超えるとも言われています。それに日本のように川をまたぎ車両が通行する橋も少ないと言うのです。
 
それから川を往来している船舶も少なかったそうです。また着水しても飛行機はすぐには沈まない構造になっているとのことで、ドアを開けてから7分間はもつそうです。
 
この間、パニックになりやすい乗客のコントロ-ルについても特別うまかったのでしょう。それと何よりもベテラン機長の操縦術が卓越していたのです。聞けば操縦歴40年以上の元空軍のパイロットでグライダ−の免許も持っていると言います。
 
この優れた機長の素晴らしい判断が155人の命を救ったのです。何しろ離陸してから不時着するまでの時間がたったの3分間です。機長にとってはこの短い3分の間に、いろいろな判断が求められたものでしょうが、冷静沈着に、しかも最良の結果を導き出すことができました。
 
それにしても、エンジンの不具合を起こしたのも鳥が吸い込まれた為とのことです。怖いものです。羽田空港の近くにはこの鳥を追い払おうと、銃を構えて威嚇している係員がいることを初めて知りました。
 
あの巨大なジェット機にとって、小さな鳥がこのような天敵になるとはずいぶん皮肉めいた話です。私たちもいつどんな事態に遭遇するか分かりません。それだけに自他共に守れる咄嗟の判断を常日頃、磨いていなければならないものです。


歴史の妙

[2009年01月16日(金曜日)|No.1556]

NHK大河ドラマ「天地人」が始まりました。昨年の篤姫をじっくりと観たかったのになかなか叶わなかった私としては、今年こそはと張り切って臨んでいるところです。
 
主人公、直江兼続に扮する妻夫木くんも格好よいのですが、少年時代の与六に扮した子役がうまかったですね。母と別れるシ−ンなど、思わずぐっと来たものです。
 
この直江兼続なのですが、私はドラマが始まるまでその存在すら知りませんでした。ですが調べていくと、いろいろと面白い事実が判ってくるものです。
 
直江兼続は、上杉謙信、景勝に仕えた知将ですが、その上杉藩の城下町として、山形県米沢市が知られています。
 
上杉家は関ケ原の合戦で石田三成に味方をしたため、徳川家康により会津(福島県)120万石から、米沢(山形県)30万石に減らされました。さらに3代藩主のころは、半分の15万石にまで減らされてしまったそうです。
 
そして米沢に移ってから約100年後、例の松の廊下の大事件が起こるのです。当時上杉家は、殿様(上野介の実子)を吉良家から迎えていたので、赤穂浪士の襲撃に備え、江戸の吉良邸の警備を任され、多額の経費を要したとのことです。
 
そのご、この米沢藩の財政はどんどん悪化し、家臣の出費なども多いことからリストラされて、周辺で農業などに従事する家臣も出るほど困窮していました。
 
そして現れたのが先日も触れた上杉鷹山なのです。松の廊下事件の約60年後、九州・高鍋藩からこの米沢藩の養子として10歳のときに迎え入れられました。
 
こうして17歳のとき、藩主となった上杉鷹山(当時は治憲)は莫大な借金を抱えている藩を立て直していくのです。それはご存知のとおり、自ら模範を示して節約に努め、新たな産業をおこし、財政の立て直しに全力で取り組んだのです。
 
天地人には直接関係ないかもしれませんが、こうしてみるとその時代背景が今とダブって見えるところがあるかもしれません。
 
こうした上杉鷹山のような救世主の出現を期待したいところでもありますが、自ら襟を正して無駄なものを抑えることが何よりも求められるものです。
 
私は不勉強でなかなか果たしてはいませんが、歴史を紐解くことはこのように興味深いものです。現在の日本をつかさどる為政者も、この歴史に少し学んだらいかがでしょうか。


小さな大打者

[2009年01月15日(木曜日)|No.1555]

小さな大打者と呼ばれた若松勉さんが野球殿堂入りを果たしました。私の好きなヤクルト球団一筋でそのプロ野球人生を全うされた方です。
 
聞くとプロ野球選手になることなど、ご本人は全く考えていなかったみたいです。当時の三原監督と、怪童と呼ばれた中西太コ-チの強い勧めがあって入団したわけですが、初めはこの誘いに逃げ回って会おうともしなかったとのことです。
 
なにしろ身長が166cmしかなく、長嶋さんを筆頭に当時のス−パ−スタ−は皆、180cmを超える大男で、とてもそんな小さな人間がプロ野球で通用できると思っていなかったからです。
 
しかし中西コ−チの「体が小さくても下半身を鍛えれば大丈夫」との言葉に意を決し、強靭な下半身を鍛え上げていったのです。その結果が通産打率3割1分9厘という、打数が4000を超える選手の中では歴代1位の見事な記録です。
 
これも血のにじむような努力で得た「足の裏で地面をつかむ」という独特の感覚によるものです。またバッティングは内が大事という信念から内転筋を鍛え上げていった成果でもあります。
  
今でも微笑ましく思い出されるのが、ヤクルト監督として日本シリ-ズで優勝したときの、勝利監督インタビュ−です。「。ファンの皆さま、ヤクルト日本一おめでとうございます」その朴訥とした語り口に、全て愛される人間性がにじみ出ているようです。
 
この若松さんが大事にされているのが「万球一会」という言葉です。何万もの球を打ち返してきて、今の私がある。ライバルの投手だけでなく、打撃投手ら多くの人が私に白球を投げてくれた。指導や激励という“ボール”もあった。多くの出会いが、私を殿堂へと押し上げてくれたと感謝している。
 
とても素敵な言葉だと思います。多くの人たちの支えがあったからこそ今日があるという、感謝の気持ちです。やはり”ありがとう”と”感謝”は幸せをもたらす、ツキを呼ぶ魔法の言葉です。


成さねは生らぬ

[2009年01月14日(水曜日)|No.1554]

渡辺喜美元行政改革担当大臣がついに自民党に離党届を提出しました。ご存知のとおり、麻生総理大臣の政治姿勢にとてもついていけないとの意思表示から、第2次補正予算の中での定額給付金支給や、一向に進まない官僚を中心とした公務員制度改革に強い異議を唱えたものです。
 
この自民党の中でも、定額給付金に関しては少なくない反対意見があるはずなのですが、なぜか同調者が出てきません。昨日になってようやく一人、内閣府政務官である松浪さんという方が、この本会議での採決を棄権し、その職務を辞して反対姿勢を貫きました。
 
勇気ある行動だと思います。そのほとんどが反対の意見を口に出しながら、一向に行動に移せず、冷ややかな目で傍観する中、政治家として価値ある行動ではないでしょうか。ただ長いものに巻かれるのではなく、国民の代弁者としての使命も貫いてもらいたいものです。
 
さてその渡辺さんなのですが、ご存知の方も多いと思われますが、お父さんがあのミッチ−こと渡辺美智雄元外務大臣です。栃木訛りで歯に衣着せぬ語り口は今でも懐かしく思い出されます。
 
やはり親父譲りなのでしょうか。体制の中でじっとしているように見える方ではありません。一部にはこの渡辺さんの行動を単なるパフォ−マンスなどと嘲笑する人間もいるようですが、私は行動に起こすだけ、他の政治家よりずっと有意義なものと考えます。
 
官僚の天下りにしたって、小泉さんのときあれだけ真剣に取り組んで改革しようとしたのにもかかわらず、麻生さんに至っては元の木阿弥となりそうです。渡りと呼ばれ、官庁を退職しても天下りを転々としながら、その度に高額退職金をもらうような無駄は本当に国家の損失に違いありません。
 
江戸時代の米沢藩を再生した上杉鷹山ではないのですが、こうした改革の火種を少しでも多くの人たちに引継ぎ、大きく実らせてもらいたいものです。
 
まさに上杉鷹山の「生せは生る 成さねは生らぬ 何事も 生らぬは人の 生さぬ生けり」です。多くの政治家に見られる烏合の衆ではなく、行動に起こしていかなければ何も変わるものではありません。渡辺喜美さんの今後に大いに期待し、注目していきたいと思っています。 


もっとやるべきことがある

[2009年01月13日(火曜日)|No.1553]

松の内も明け、成人式を含むこの3連休もあっという間に過ぎ去りました。人間の小さな都合などお構いなく、時は悠久のまま、然も容赦なく流れ過ぎていきます。第3子である愚息も、ここで成人式を迎え、遅かりし帰郷を果たしたのも束の間、慌ててまた戻っていってしまいました。
 
昨年暮れから年越し派遣村などいう名前が盛んに聞かれます。職場を追われ、住む家まで失った人たちの救済に当てられたものですが、この非正規雇用社員の切捨てとも言える、大企業による期間従業員の解雇が大きな問題として挙げられています。
 
昨年度2兆円とも言える営業利益を出している、日本を代表し世界に誇る自動車メ−カ−が、また経団連会長を務める企業までが、真っ先にこうした雇用調整を行っているのが日本の現実なのです。
 
こうした日本のリ−ディングカンパニ−がこの有り様では、他の大手企業が右に倣いしても仕方がないというものです。私たち素人考えでは、このような時に備えてこそ、簡単に雇用調整をするのではなく、少なくない内部留保を切り崩せばよいと思うのですが、どうやらそれも当事者は簡単ではないようです。
 
なぜかと言うと、「企業は誰のためにあるのか」という大きな命題を問われることでもあるのですが、現在の大企業にとって、一番の目線が出資者でもある株主にあるからと言われています。
 
アジア等の安い労働力に対抗するため、正社員ではない期間従業員の安い労力を借り、捻出した利益を自社株の評価や株主への配当金に振り当てているのです。これは業績が少しでも悪くなると、お構いなく撤退してしまう現在の投資制度や株主対策とも言えるものです。
 
だからと言って、そんなに簡単に契約を打ち切ってよいのかという問題なのですが、1999年に改定された雇用制度そのものや派遣制度等にも問題があるのです。
 
明日のわが身も定かでない仕事に、果たして人間は生きがいを見つけることができるものでしょうか。また派遣打ち切りで受ける本人の大きいダメ−ジの割には、派遣元のリスクがあまりにも小さいものではないでしょうか。
 
こうした日本がその進み先を見習っているアメリカでも、約1000万人とも言える多くの人たちが、NPOの社会貢献等により2〜3万ドルの年収を得ているとも言われています。社会はこのように若者たちに生きがいが持てる仕事を創出する役割と責任を有しているのではないでしょうか。
 
たまたま観た番組で、「和魂洋才」という言葉が出てきました。明治の人たちが新しい世の中を創り上げようと、欧米の良き文化を採り入れようとした時代でも、日本人としての思いやりや気概の和の心は失っていなかったというのです。
 
今盛んに騒がれている、消費者に需要喚起を促すという定額給付金についても、ばら撒けば何とかなるだろうという安易な政策ではなく、もっと掘り起こして、こうした雇用等の社会制度の根幹を大きく見直すことが早急に求められていると私は思うのですが...


第2回WBCに向けて

[2009年01月09日(金曜日)|No.1552]

さて今年はいよいよ第2回のWBCが開かれます。サムライジャパンなどと名づけられたようですが、原監督率いる日本代表の活躍に多くの期待が注がれます。
 
しかし不安要素が全くないかと言うと、そうでもありません。1つにはこの第1次候補の選手が決まるまで、日本代表の相談役でもある前優勝監督の王さんに何も相談がなかったことです。
 
ですからメジャ−の松井稼頭夫選手が選ばれなかったときなど、余分な騒ぎにまで発展するのです。やはり日本プロ野球にとって絶対的な存在でもあり、人格者としても優れている王さんの力を活かしていくことが求められるのではないでしょうか。
 
こうした中、何と言ってもそのカギを握るのがイチロ−選手です。先の監督人選においても、この人の一言が少なからぬ影響をもたらしたようです。
 
「(WBCを)北京のリベンジの場ととらえている空気があるとしたら、チームが足並みをそろえることなど不可能でしょう」とのコメントなど、星野監督をあきらめた決定打になったとも伝えられています。
 
では「王監督に恥をかかせるわけにいかない」と、第1回のWBCで躍起となったイチロ−選手が果たして原監督で思う存分、その気になってくれるかというのも疑問なところです。
 
その操縦に不安が残るところですが、伝える情報ではそれもどうやら大丈夫ではないかと言われます。それと言うのも、コ−チ陣の中にいる山田久志投手コ−チと篠塚和典打撃コーチの存在が大きいと指摘します。
 
両コ−チともイチロ−選手がとても慕っている方だからです。山田さんはかつてオリックス時代、投手コ−チとして務めていたとき、投手心理など何でも聞き出すことができ、意見を忌憚なくぶつけ、甘えられる存在だったそうです。
 
頻繁に一緒に食事にも出掛けられる仲で、当時の仰木監督が嫉妬するほどだったそうです。また篠塚さんは、彼が少年時代から目指すタイプの打者だったみたいで、オリックス時代のバットもこの「篠塚モデル」を基本型にしていたとのことです。
 
このように二人の存在がどうやらイチロ−選手をその気にさせているようです。そしてこの天才肌のイチロ−選手は人一倍職人気質で、他人がコントロ−ルしようと思っても、とても動く人ではないと言われています。
 
それだけに日の丸のユニフォ−ムに対しても、思い入れが人一倍強い選手だけに、その気にさせたらこれ以上頼もしい存在はいないことと思われます。ですから後はこのイチロ−選手を生かすも殺すも原監督の作り上げる環境次第、それゆえ原監督のお手並みに是非期待したいものです。
 


もう1つの箱根駅伝

[2009年01月08日(木曜日)|No.1551]

お正月恒例の箱根駅伝は、往路山上りの5区で驚異的な区間新を記録した1年生の柏原選手などの力走があり、東洋大が見事初優勝を飾りました。
 
前評判の高かった駒沢大が来季シ−ド圏内の10位以内にも入れないという、波乱の展開を繰り広げたレ−スでしたが、大会前、部員の不祥事で出場も危ぶまれ、監督が責任を取って辞任するという、追い込まれていた東洋大がこの不祥事を払拭して、見事な名誉挽回を果たしました。
 
爽やかだったのが優勝を飾った後のことです。67回出場しての初優勝でもあるし、きっとやりたかったのではないかと思われた、歓喜の胴上をすることもなく、ゴ−ルエリアから引き上げるとき、出場の10人の選手と4年生部員が一列に並んで深々と一礼したとのことです。
 
それだけ選手それぞれには、責任の重さをしっかりと受け止めていることが感じられた光景でもありました。既に退部している、不祥事を起こした部員の同級生でもある2年生が活躍し、この優勝の原動力となったことも因縁めいていて、少なからず選手の自覚に影響を及ぼしていたのではないでしょうか。
 
さて前置きが長くなりましたが、この感動的な箱根駅伝よりもっと心を動かされた駅伝がありました。もう1つの箱根駅伝と伝えられた、ゴミ拾い箱根駅伝の存在です。
 
これは2〜3日に実施されたホンモノ(と言ってもおかしなものですが)の駅伝の翌日である、4日から2日間、全く同じコ−スで往路だけの5区間で行われたものです。
 
この5区間107kmのコ−スを初日に1区の大手町から3区の平塚中継所まで進み、平塚の湘南海岸公園でビバ−ク(野営)した後、翌日の5日、4区の小田原を経て5区の芦ノ湖にゴ−ルするというものです。
 
この駅伝も大学対抗ということで、嬉しいのは12大学16チ−ムという大勢のメンバ−が参加していることです。原則として区間ごとにたすきリレ−をする関係で1チ−ム5人が望ましいということですが、過去には1人で107kmを歩き通した強者もいて、5人以下でも構わないと言われています。
 
また今回が4回目で、回収された45リットル入りゴミ袋が何と206袋ということで、ゴミがなくなるまで続けていくというから嬉しいことです。
 
大会の理念は、「大学間の親睦を深めると共に社会貢献に寄与することを基本理念とし、大学対抗競争を銘うっているが、あくまでゴミ拾いを通して環境問題を考える行動自体に重点を置くため、競技性を第一に置くことを避けるよう求める」としています。
 
この話を聞いて本当に嬉しくなりました。近頃の大学生はと、ややもすれば眉をひそめる話題が少なくないものでしたが、こうした高邁な精神の下に頑張っている学生がいるということだけで、胸が熱くなったものです。
 
大勢の注目を集めている華々しい箱根駅伝の陰で、その後始末も兼ねた、このもう1つの駅伝はたとえスポットライトが当たらなくても、私にはずっと価値のある駅伝のように思えました。


牛歩の歩みでも

[2009年01月07日(水曜日)|No.1550]

あけましておめでとうございます。2009年、いよいよスタ−トです。と言っても、いち早く3日から出張工事で動き出している私たちにとっては、正月気分も早々に抜け、3が日のお天気同様、心地よい思いでスタ-トが切れています。
 
お陰様で、暮れから正月に掛けて予定された工事もつつがなく終了することができました。仕事がいろいろと不安視される昨今、こうした工事でお引き合いを頂いているお客様に対しては、改めて感謝の気持ちでいっぱいです。
 
それでもやはり、弊社にとっても今年は勝負の年となりそうです。先行き不透明な混沌とした日本経済と同じように、周囲にただ頼っているのではなく、少しでも私たちでなくてはならない隙間の部分を見つけ、切り開いていかなければいけない必要を強く感じ、求められているように思います。
 
正月の新聞のコラムに、今年の干支である牛にちなんで次のような記事が載っていました。日本の縄文時代の遺跡からも骨が出土するというから、人間と牛のつき合いはずいぶんと古いのだろう。
 
なんと言っても、あの穏やかで寡黙な働き者のイメ-ジが好かれる。日本画家平山郁夫さんのゆったりと牛の歩む様子を描いた作品に添えられた一文に「一歩ずつ慌てずに、彼方を目指して進む牛のようにありたい」とある。本当に一歩一歩を踏む固めながら前進する一年にしたい。
 
決して「牛の歩み」などと進み具合の遅いことを軽く見てはいけない。ゆっくりでも大地にしっかり足を着けながらあごを上げ、着実に歩を進めようとする姿勢がいい。苦境にある時だからこそどっしりと構える姿勢にならいたい。

 
今年頂いた同級生の友人からの年賀状には、この年男ゆえ定年退職して年金生活に入りますとのコメントが少なくなかったことが思い出されます。
 
幸い早生まれゆえ、還暦を来年迎える私にはこの定年がないと言っても安心してはいられません。いつまでも愚図でのろまなまま終わるわけにはいきません。コラムにも示されるとおり、たとえ今までの歩みが遅かったかもしれませんが、そろそろ着実に成果を上げていかなければなりません
 
この厳しい時代だからこそ、今一度経営指針を見直して、社員と共に力を合わせてしっかりとした会社の基盤づくりを心がけていきます。本年も一層のご交誼とご愛顧をよろしくお願い申し上げます。