社長の三行日記

2017.06.01

ちょっと良い話133 No.2934

 ラグビ-の監督が新聞にこんな、ちょっと良い話を投稿されていましたので紹介いたします。母の死という題です。高校1年生の時に母親を病気で亡くした。とにかく明るい人で、町内会では顔役の存在だった。

家にはいつでも人生相談に来る近所の住民がいたものだ。私は人見知りのため、何とも居心地が悪かったのを覚えている。しかしある朝、くも膜下出血を発症し、それが原因で間もなく天国に行ってしまった。

当時の私は思春期真っ盛りで、母の死という事実を受け入れられなかった。ところが、そんな気持ちも母親の通夜の日を境に、一気に吹き飛んだ。300人以上の参列者の数もそうだが、それ以上に驚いたのが多くの方々が母の死に直面して本気の涙を流してくれていたことだ。

母は何か特別な能力を持っていたわけではない。他者の思いに寄り添い、他者と共に笑い、泣いてきたからだろう。母の生きざまを強く感じた瞬間だった。

その後の父の変化もすごかった。仕事で連日の深夜帰宅が当たり前だった父。反抗期の感情の矛先を父に向けていた私は、高校3年間、必要以上の会話を交わさなかった。それなのに父は、毎朝4時ごろに起きて弁当をつくり続けてくれた。

料理などろくにしたことがなかった父の弁当は、お世辞にもうまいとは言えなかった。最後に「3年間ありがとうございました」という言葉が自然と出た。

気がつけば、私も今年で母と同じ年齢になった。自分は両親のように、人のために全力を尽くす人生を歩めているだろうかと、最近よく思う。

母の死からその偉大さを知らされたという話です。生前中は何気なく顔を突き合わせていても、なかなか深く突っ込んだところには気がつかないものです。とかく現代人は他人のことは後回しで自分中心で考えがちなものです。

それだけに自分に欠けがちな他者への思いやりの心に気がつかされたのでしょう。この心が日本人特有の古くから培ってきたものと思われますが、もう一度、他の国では見られないこの良き長所を見直したいものです。

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