会長の”三行日記”
2012.08.29
ちょっと良い話part96 No.2265
久しぶりの「夫のロッキングチェア」という、ちょっと良い話です。私の友人たちにも今は忙しい仕事から離れ、優雅に暮らしている人が少なくありませんが、せめて今までの労を慰める時間ぐらい与えてやりたいものです。
夫が定年を迎える日には、感謝の気持ちを込めてロッキングチェアをプレゼントしようと、以前より心に決めていた。
夫は30代のころから「ロッキングチェアっていいね」と憧れを話していた。だが、転勤族で何度も引っ越しを繰り返していた事情もあり、望みはかなえられることなく月日が経った。
私は、この話を長年忘れられずにいた。定年後の夫には、ロッキングチェアに座って読書をしたり庭を眺めたりしながら、ゆったりとした時を過ごしてもらおうと思っていた。
その夫が、病のため急逝して約1年半。余りに突然の別れだったので、まだ納骨する気持ちになれない。だから、夫は今もリビングの特等席で、私や子どもたちの日常を見守ってくれている。
定年となるはずだった日が巡ってきた。座り心地にこだわって購入したロッキングチェアに、遺骨姿となった夫を座らせた。そしてそっと揺らしてみた。ゆっくりと、ゆらゆら揺れ続けている。
座り心地はどうですか?長い間、忙しいお仕事を本当にお疲れ様でした。そしてどうもありがとう。ゆっくり休んでね、あなた。
新聞のひととき、という投稿欄に載っていたお話です。大切な人の望みをかなえてやる前に、亡くなってしまったのですが、生きていたときと同じように、いやむしろそれ以上に、愛する人への感謝の気持ちが伝わってきます。
「ああ、この人と連れ添って本当に良かった」という、素敵な生き方をしなければいけませんね。まだまだ、そんなことはとても言ってもらえそうもない私の姿です。
2012.08.28
企業は人なり No.2264
先週初めより弊社女子事務員が無事、復帰いたしました。1月下旬に倒れてから実に7ヶ月ぶりの出社です。多くの関係各位にご心配をお掛けしましたが、この場をお借りして心よりお礼申し上げます。
この7ヶ月の間、会社の窓口となる彼女がいない関係で、製作現場に携わらない人間としては、少数しか抱えていない弊社では私が電話番等、その代役を引き受けざるを得ませんでした。
中にはいつも社長自身が直接電話に出るものですから、慰めていただく人もいたくらいです。また部品や資材等の調達もそれ以前、彼女に全部任せていた関係で、これもやらざるを得ませんでした。
正直言って結構きついものがありました。ただこの仕事を私がやり始めた当時は、当然何から何まで自分でこなしていたわけですが、それからは大分時は経っているし、状況も変わっているというものです。
部品によって購入先も違うことから、彼女の作ったリストを見ながらの発注だったり、見積に関する材料関係の価格問合せも全て自分自身で行わなければなりません。
こうした作業が本来の職務に加わってくるのですから、少し煩わしかったかもしれません。改めて彼女が会社にいてくれて、卒なく処理していたそれ以前を有難く思ったものです。
昨日も納品書をチェックしていた彼女が、「社長、注文書の数量は1つだけなのですが、別々の納品書として2ケ入ってきたことになっています」と指摘してくれました。
これなどはまさに、きめ細かくやってくれる彼女でなければ気がつかないことで、私などでは到底そこまではチェックできないことです。また会社としては、そこまで当然やらなければいけないことでもあるわけです。
やはり企業は人なりですね。彼女が出てきてからは心置きなく会社を離れることができるし、また営業活動等考えたら、それが本来の社長業とも言えるわけです。
一部取引先等、こんな弊社の勝手な事情で、ご迷惑をお掛けしたところもあることと思われますが、どうぞご容赦いただきたいと思います。とにかく、彼女が大きな後遺症もなく復帰できたことに感謝すると共に、心機一転、益々本来の業務に励まなければと思っているしだいです。
2012.08.27
お爺さんの仲間入り No.2263
工事の試運転調整の間、親戚の伯母の不幸があったりした関係で、ちょっとバタバタしてしまいました。また一方では8月中旬に控えていた長女の第1子出産が、少し延びていたのですが、この22日の未明、ようやく母子とも健全に、無事女の子を出産することができました。
私事ながら、これで何とか世のお爺さん族の仲間入りです。私の歳では決してそれは早くはなく、むしろ遅い方ではないでしょうか。でも結婚等全て遅かったわけですから、愚図でのろまの私に合っているとも言えるわけです。
これ以前、孫を持った友人たちがよく携帯の待ち受け画面等に、その写真を嬉しそうに入れているのを眺め、自分はこうはならないだろうなと思っていたのですが、どうやらそれも怪しくなってきたものです。
事実、こうやって写真を掲載するくらいですから、ジジ馬鹿と言われても仕方がありません。病院で孫の顔を見ながら、ちょうど28年前になるでしょうか、自分の第1子である長女の出産当時の記憶が鮮明に蘇ってきました。
第1子ということで、家内の実家がある小豆島で出産したわけですが、前の晩、破水をして実家の父に病院まで送り届けて頂いたという連絡を受けました。
ところが既にその時間では、新幹線は辛うじてあったにしても島に渡れる船がありません。このため、今は亡き私の母親と一緒に、翌朝の一番の新幹線で駆けつけたのです。
新幹線を岡山で降りタクシ-を飛ばして着いた岡山の港で、真っ先に実家へと電話を掛けたわけですが、実家の母が電話の向こうから「可愛いお嬢さんですよ」と言われたときの感動は今でも忘れられません。
また向かう新幹線の中で、早く着かないかと母親がイライラしていたのも、しっかりと思い出されたものです。このように、新しい生命の誕生は多くの人々に生きる希望と感動を与えてくれるわけです。
そして誰よりも我が子や、身内の子どもが何よりも可愛く見えるものです。このようにジジ馬鹿を絵に描いているようで、大変申し訳ありませんが、その写真を公開させていただきます。どうぞご容赦下さい。
