会長の”三行日記”
2011.12.22
今年最後のカキコミ No.2130
明日23日より大晦日の31日まで出張工事で会社を留守にするため、今年最後のカキコミとなります。巷でいろいろと伝えられていますように、弊社にとっても今年を振り返ると、あまり良い年ではなかったように思えます。
でもちょうど震災直後の3月18日、3年間の研修・実習期間を終え、故郷・中国に戻っていた劉君が在留許可が下りたことで、今月の12日に再来日し、新たに技術員として貴重な戦力となってくれています。
今でも思い出すのは彼の帰国の際、成田空港まで送っていたときの、空港内の異常なまでの混乱です。原発事故から日本を脱出しようとする、海外からの研修生や留学生などの慌てぶりです。
あのとき、つくづくこの人たちはやはり外国人なんだと感じたものです。祖国ではない日本など、いつでも捨てられるのを感じ、ある意味では非情さや虚しさのようなものを感じたものです。
そんな人たちに紛れ、晴れて3年間無事勤め上げて帰ろうとしていた、弊社の劉君が周囲から同じような目で眺められているのではないかと、少し気の毒に思ったほどです。
でも帰国してからほぼ9ヶ月、申請手続きをしてからも2ヶ月ぐらい要しましたが、劉君は約束どおり日本に戻ってきてくれました。
その間、日本語も忘れることなく、というか帰国してからも日本語を耳から音楽のように聴き流していたようですが、しっかりと運転免許の取得や自身の結婚など、再来日の準備を図ってくれていたようです。
やはり可愛い社員ですね。そこには日本人だとか中国人という分け隔てが全然ないものです。来年は彼の力ももっと借りて、益々小回りのよい、お役立ちのできる会社を目指したいと思っています。
1年間、いろいろな意味でお世話になりました。来年も変わらないお付き合いを是非、よろしくお願い申し上げます。ちょっと早いですが良いお年をお迎え下さい。
新年は6日より営業いたしますので、カキコミも併せて再開させていただきます。
2011.12.21
ちょっと良い話part86 No.2129
新聞の投稿欄から拾った、「日本人の心の温かさを知った」という、今年最後になる、ちょっと良い話です。殺伐としているような今の世の中で、これが本来の日本人だと知らされた話でもあります。
中国から11年前に来日した当初、日本に溶け込めず、日本人の冷たさを感じる時期があった。その後も違和感のようなものはあったが、先月の出来事が私の気持ちを大きく変えた。
1歳の長男と名鉄瀬戸線の森下駅で降りる際、開く扉の戸袋の隙間に息子の右腕が引き込まれてしまった。乗客の男性が非常ボタンを押し、周囲の人と戸袋の隙間を力いっぱい広げようとした。
大泣きする息子に男性は「大丈夫!もうちょっとだから」。乗務員さんが手動で扉を開け、息子の腕が抜けた時、歓声が上がった。駅員さんが病院に付き添い、翌日も見舞いの電話をいただいた。
私は驚いた。見知らぬ子どものために、たくさんの人が必死に助けようとしてくれたことに。日本では「渡る世間に鬼はない」というが、本当だ。人の心の温かさに触れ、幸せな気持ちになった。
ちょっぴり心の和むお話です。でもこれが私たち日本人の本来の姿ではないでしょうか。人が困っていたら、そのまま見過ごせない。そして「袖すり合うも他生の縁」という言葉もあるくらい、関わりあう人たちは全くの他人ではないという、旧来の教えです。
今年、不幸にして東日本大震災が起こり、多くの人たちが犠牲になり、信じられないくらいの尊い命まで奪われてしまいました。今でも当時の映像や、その後の変わり果てた、それぞれの地の様子を眺めると、本当に身につまされる思いで胸がいっぱいとなるものです。
そんな思いから、せめて自分にできることは何かと考えた結果が、全国から寄せられた、かつてないほどの多くの善意ではなかったでしょうか。
一部の方は今でも定期的に被災地でのボランティアを続けています。本当に頭の下がる思いです。触れたくはありませんが、これが先日少し紹介した、中国での2歳の女の子が車にひかれたのに、18人もの人たちがそれを見過ごし通り過ぎていった、ということと根本的に違うところです。
日本人の持つ、生来の人間的な優しさがあるからでしょう。今年は総括的に良い年ではありませんでした。でも今年を象徴した言葉「絆」を改めて見直し、さらに強めていく転機にもなったような気がします。
2011.12.20
金正日総書記の死亡 No.2128
あの大変な国からビッグニュ-スが飛び込んできました。北朝鮮の金正日総書記が亡くなったっとの報です。移動中の列車の中で、急性心筋梗塞で倒れたというのです。
これによりお隣の韓国はじめ、周辺の諸国は大混乱です。何しろ後継と言われる金正恩氏はまだ20代、その政治的はじめ国家をまとめることのできる手腕が全く未知数だからです。
一部には軍による主導が強くなるのではないかという不測の事態に備えて、我が国をはじめ、安全保障面でその情報収集に躍起となっています。とにかく何が起こるか判らない国だけに、不気味です。
それにしても、この国の奇怪さをまたまた感じたものです。現地の映像からは平壌だと思われるのですが、人々の総書記を偲び、泣き崩れる姿が映し出されていました。
またテレビでこの訃報を伝えるアナウンサ-は、ここ2ヶ月ぐらい消息不明となっていた名物女性のアナウンサ-でした。喪服に身を包み、悲しみから搾り出すように伝えていた声が異様に思えたほどです。
この平壌という街そのものが軍の関係者や、政府の要人などが多く住むということから、大声で泣き叫ぶ姿など、わざと流されていたようにも思えるものですが、本当に心から悼み悲しんでいるのか疑問に思いました。
何しろ悪の枢軸ともアメリカに言われたこの国を、独裁的に仕切っていた人です。一般国民は干ばつなどの影響から飢えと貧困に苦しんでいたというのに、自らを省みず、ぬくぬくと特権階級として生き抜いてきました。
ですから一般国民の間では涙など、とても流せるどころの心境ではなかったものと思われます。しかしながら金正日総書記の死亡により、否が応でも新しい体制が敷かれることとなります。
この体制如何によっては周辺諸国の緊張は一層高まるものではないでしょうか。またある意味では、金正日体制では全く解決の糸口が掴めなかった拉致問題が、少し前向きの展開が見えるかもしれません。
でも苦しんでいる国だけに、こちらから求めていくというやり方ではなく、相手の弱点をうまく誘い出すという方法でなければ活路は見出せないかもしれません。とにかく、あまり期待は持てませんが、独裁者が亡くなっただけに、いくらかの可能性は見出せるかもしれません。それに期待したいものです。
