会長の”三行日記”

2011.01.07

お正月の話題からの明暗 No.1933

我が家では次女だけが、正月元日から4日まで一日の休みもなく出勤しました。お客商売のお店勤めとは言え、なかなか大変なものです。それというのも、このお正月ぐらいは自宅から通ったらということで、我が家から出勤したのですが、教員の姉や、まだ辛うじて大学生の弟達は、彼女の出掛ける時は完全に夢の中です。
 
そうしたこともあって気の毒に思い、こちらも暇だったこともあり、2日の日は職場のある、御殿場のアウトレットまで車で送って行きました。まだ8時半過ぎだったのですが、何とそこへと向かう買い物客で車の渋滞が始まっていました。
 
そうしたニ-ズもあって、お店も開かざるを得ないのでしょうが、正月早々勤めなければいけない人たちの苦労も垣間見ることができました。公共機関の乗り物や案内、サ-ビスに携る人たちも同様です。
 
私たちがのんびりと正月気分を味わっている陰で、ある意味では世の中はこうした人たちによって支えられているとも言え、感謝しなければいけないものと思ったしだいです。
 
また一方では、このお正月に欠かせないものとしておせち料理があるわけですが、ネット販売したこの料理が予約受付時の見本と内容が大幅に異なっていて、購入者から苦情が殺到していることが伝えられていました。
 
何と送られてきた現物が、見本の写真とは異なり、スカスカのおせち料理だったと言うのです。伝えるところによると、3段の重箱が1セットで2万1000円相当を、半額の1万5百円で500セット提供したとのことです。
 
テレビでもこのニュ-スを見たのですが、見本では1つの箱が9マスに区切られているのが、たった4マスにしかなっていないどころか、品物が少なくスカスカで底までしっかりと見えるのです。
 
これは明らかにインチキと言われても仕方がない商品です。販売したこの業者は苦情が殺到したこともあり、購入者全員に全額を返金し、5000円相当のおわびの商品を送るとのことですが、折角のお正月を不愉快な思いにさせられた購入者にとっては、それでも済まされない気持ちのことでしょう。
 
ここでも食への信頼が大きく揺るがされる問題となってしまいました。一昨年あたりから大きく騒がれている、企業のコンプライアンスを問われているわけです。社長辞任とも伝えられていますが、商品の製造管理にも携ったとも言われているわけですから、その責任は少なくないものです。
 
それにしても、今の人たちは裕福な方々が揃っているものです。1セット何万円もする、おせち料理を自分達で作らず購入すると言うのです。ちょっとその購入品を眺めたことがありますが、確かに見栄えや少し材料は良いかもしれませんが、自宅で作るものと大きな差はないものです。
 
これも日本がある意味、豊かになっている表われなのでしょうか。おせち料理が大好きな私でも、やっぱり家内の作った味のしみ込んだものの方がよいものです。これは単に私が貧乏性と呼ばれることでもないような気がするのですが...

2011.01.06

年頭に当たってのあれこれ No.1932

連日のお客様への年始挨拶回りで、大変カキコミが遅くなってしまいました。それにしても今年は日程的に、仕事始めからすぐ8日の土曜日が来てしまう関係で、挨拶回りも含め、少しスタ-トが切りにくいところがあったように思えます。
 
従って例年では3日間掛かるところを2日で済ませなければならず、挨拶回りも強行軍にせざるを得ませんでした。東京へのその最中、気がついたのは普通、軒先に掲げるお飾りと呼ばれる、品物が少なく写真のような張り紙で済ませていることです。

     

これも今の時代を反映してか、簡素化していることのようですが、ちょっと寂しいような気がするものです。また東京に出掛けて感ずるのは、どこも歩く距離が長いことです。錦糸町と東京、浜松町、そして大崎と回ってきたのですが、知らない間に、とてつもなく歩いていることに気がつきました。
 
ですから私たち田舎に住んでいる者の方が、普段車を利用することが多く、door to door でかえって歩いてはいないものです。これなどは田舎と都会の逆転現象のようで、意外なことでもあるわけですね。
 
それからいつも感ずることながら、都会人は歩くのが速いことです。また駅などには階段も多く、エスカレ-タ-を使わなければ、日常的にシェイプアップできる要素が揃っていることです。
 
喪中とのこともあり、毎年恒例の元日からのソフトボ-ルの集まりを自粛したりした関係で、ただ飲んで食べて寝る繰り返しで、少し体は自由がきかず、だらしなくなってしまったようです。油断大敵ですね。
 
でも昨年の暮れにはいつもは、のほほんと眺めている紅白を観ることもなく、工事現場にこもっていました。予定では元旦まで掛かると言われていたのですが、試運転も順調に進み、年明け早々には仕事も片付くことができました。
 
そして帰路、灯りがほとんど消えていた広い工場の敷地を進み、通用門での守衛さんに挨拶を済ませて帰ろうとした際、投げ掛けてくれた言葉が嬉しかったですね。
 
遅くまでお疲れ様でした」。この言葉は、心底言ってくれているように感じたものです。ですから単細胞のこちらは、その言葉だけで、ルンルン気分で家路につけたものです。
 
昨年暮れにも話しましたが、正月早々仕事にありつけることができたのも、喜ばなければいけません。そんなわけで、ちょっぴりでも今年は良い年になるような気がするし、また是非そうしたいと思っています。本年も変わらぬご交誼をいただきますよう、よろしくお願い申し上げます。