会長の”三行日記”

2016年05月

2016.05.10

人間力 No.2832

 野球の話題にもしばらく触れていませんでした。我が母校も2年ぶりぐらいで春の県大会への出場が叶いましたが、惜しくも1回戦で常葉橘高に4-6で敗れてしまいました。でもこの橘高が勢いに乗り、あれよあれよという間に優勝を飾ったのですから、まんざらうちも悪くはなかったと言えるのではないでしょうか。

そんな高校野球に纏わる話題が以前の夕刊に載っていましたので紹介したいと思います。沖縄興南高の我喜屋監督について触れていました。筆者が氏とお会いし、野球は技術以上に「人間力」が大切だということを再認識したというお話です。以下その抜粋です。

春の選抜高校野球大会は奈良、智弁学園高の優勝で幕を閉じた。技量もさることながら、チ-ムワ-クの良さに目を見張るものがあり、感動した。甲子園と言えば昨年1月、2010年に春夏連覇を達成した沖縄・興南高の我喜屋優監督を訪ねた。

ある雑誌で講演の要旨を読んで感銘を受け、駒沢大野球部元監督の太田誠先生にご紹介をお願いした。我喜屋氏は低迷していた母校の監督に就任後わずか4か月で甲子園出場を果たし、”我喜屋マジック”と称された。

勝てなかったチ-ムがなぜ勝てるようになったかを尋ねると、「打つ、投げる、走るを徹底的に教えたからではない。私生活を変え、人間性を育てたからだ」と話された。監督からいただいたメッセ-ジを幾つか紹介したい。

① 整理整頓ができない人間は野球で勝てない。社会に出ても通用しない。 ② 「野球がうまい」ではなく、「野球もうまい」人間を育てなければならない。 ③ 人生にベンチ裏はない。立派な社会人になるため、試合に出られない選手も好きな野球を通して成長すればよい。

④ 野球の試合は9回表裏で終わるが、人生のスコアボ-ドは生きている限り続く。 試合で負けても人生のスコアボ-ドでは勝つぞ、と約束するのが試合終了の瞬間だという。だから、「勝っても負けても爽やかでありたい」そうだ。

我喜屋さんはノンプロの大昭和製紙で活躍していた方なので、沼津とも縁があり、一緒に野球をやっていた私の先輩方とも親しかったと言われています。その方々からも良く言われているだけに、やはり人間性が素晴らしかったのでしょう。改めて人間性の大事さを知らされました。

2016.05.09

久しぶりのカキコミ No.2831

 久しぶりのカキコミとなります。この間、現場での製作作業に追われ、私まで駆り出されていました。およそ1ケ月以上にわたり中断していたことをどうぞご容赦下さい。お陰様で何とか製作工程もひと頃のピ-クを乗り切り、ようやく現場から離れることができています。

でも考えればこのように忙しい仕事が続くことは何よりも有難いものです。改めてお客様のご愛顧に感謝しているしだいです。さて長い間このカキコミが離れている間、熊本や大分では地震により大変な被害に見舞われています。

何しろ最初の震度7の地震が起こったのが先月の14日、そして意外だったのがこれが本震ということではなく、2日後の深夜に最初の地震を上回るマグニチュ-ド7.3の地震が再び起こったのです。

これにより亡くなられた被害者の多くは一旦収まりかけた後、避難所から家に戻って押し潰された家の下敷きになった人が多いと言われています。またこの地震が3週間以上経っている今日、未だに終息を見ていないというのが被災者の何とも辛く悲しいところです。

こうしたことからテレビの天気予報でも、毎日のように熊本と大分の天気が真っ先に知らされているのが現状です。でもなぜか風薫る五月晴れが続く5月だというのに、被災地に対し周期的に雨をもたらしているのが本当に気の毒に思えるところです。

そして週明けの今日と明日からは熊本市内の学校が全面的に再開となるそうです。子どもたちにとっては本当に喜ばしいことですが、これにより学校を避難所としていた方々が追われることになるわけです。

一部公営住宅が提供されたと言ってもまだまだその数はほんの少しで、なかなか被災者が安心して身を寄せる場所が多くはありません。そして度重なる余震により車での生活を余儀なく求められている人たちも少なくはありません。

本当にニュ-スで報道されるたびに胸が絞めつけられるような思いがするものです。私たち同友会もいち早く救援の手を差し伸べていて、さすがだなと思う一方で現地熊本同友会1022社のうち、725社が被災地域にあると言われています。

そんなことから職員の疲労が大きいとか、営業どころではないといった声も届いています。そんな中でも「経営者である以上、いかに環境が厳しくとも、経営を維持し発展させる責任があり、逃げることなく経営者としての責任を果たす姿勢を貫きたいと肝に銘じている」といった同友会らしいメッセ-ジも送られてきています。

いつ自分たちがある日突然、こうした環境に置かれるか判らないだけに、一時だけでなく先の長い支援をしていかなければと強く思っています。とにかく被災者の方々に心よりお見舞い申し上げ、1日も早い平安な暮らしが取り戻せることを祈念いたします。