会長の”三行日記”
2012.07.18
素晴らしき仲間その1 No.2247
やっと梅雨が明けました。さあ暑い夏の到来です。お盆の休みを控えて、我が社もこれから忙しくなる時期です。頑張って忙しい仕事に励みたいと思います。さて今日は素晴らしき仲間に恵まれて、とても感謝している話です。
この週末、同級生が主なメンバ-ですが熊野古道に1泊2日で出掛けます。こちらの素晴らしき仲間は帰ってきてから、またゆっくりとお伝えしたいと思いますが、今日は隣近所の素敵な仲間について紹介させていただきます。
先々週の土曜日、この仲間の奥様が還暦を迎え、食べログでも人気のあった市内ホテルの1Fにある、レストランを予約し、ささやかなお祝いをしました。
メンバ-は地元に住む、まさに隣近所とも言える、5組の夫婦です。ずっと以前、地域で体育委員を一緒にやったのがご縁で、それ以来、奥様共々お付き合いをさせていただいているのです。
年齢的にも男では私が下から2番目のことから、もっぱら幹事役は私たち夫婦が務めています。もうずっと以前からになるのですが、月に会費として1軒10,000円ずつ集金し蓄えておきます。
そして原則として3年で貯金が満期となると、そのお金で何処か旅行に出掛けるわけです。ですから1軒で36万円あるわけですから、比較的豪華な旅行もできるというものです。
以前にはこの資金で初めてハワイに行ったり、東北、信州、小豆島、沖縄など、あちこちの旅を楽しんでいます。こうした仲間ですから、やはり気が置けないだからでしょうか、還暦で予約したレストランではご主人がそれぞれの関係を聞いて「こうした仲間って本当にめずらしいのですが、とても素敵ですね」と声を掛けてくれました。
こうして、誰か節目を迎えるときの他、3年に1度の小旅行の打合せなどと称して、なんだかんだと食事会を開いているわけです。この還暦の祝いは、あと私の家内だけ一人残しているのですが、何とか全員が無事でそのときを迎えられるよう願っているものです。
というのも、いくら気心知れている仲間と言っても、どなたかその連れ合いがいなくなってしまっては、やはり集まるのが難しくなるものです。とにかく、いつまでもこの素敵な仲間と、あちこちおいしいものを食べ歩きしたり、リフレッシュできる旅をいつまでも楽しみたいものです。
2012.07.17
夏の高校野球選手権大会から No.2246
この3日間の連休は、真ん中の日曜日こそ同友会支部の研修旅行を挟みましたが、前後の2日間はほとんど野球の応援に費やしました。
それと言うのも、母校が1回戦、2回戦と、何とか勝ち進んだから結果的には良かったのですが、2試合とも延長13回までもつれ込む、ハラハラ・ドキドキの試合だったからです。
まず1回戦の清水庵原球場、相手は磐田南、通称バンナンと呼ばれる学校です。6回まで4-0と、こちらがリ-ドし楽勝かと思われた試合でしたが、8回の裏に波乱が待っていました。
磐南ノ-アウトで1塁に走者が出た後、左バッタ-の打球ではありましたが、何でもないレフトフライを守備固めで入っていたこちらの選手が、ポロっとグラブからこぼしたエラ-から始まったのです。
そんなに連続してヒットはないと思われていた相手の打線から、エラ-と四球さえ無ければ逃げ切れるなと思っていた矢先のことでしたから、何となく嫌な気になったのですが、それが悪い方に当たってしまったのです。
その後、野手にもエラ-が伝染して、あっという間に同点にされたのです。また同点の後も逆転されるピンチだったのですが、何とか凌いで延長戦に突入したのです。
しかし形勢は全くこちらに不利の展開で、7回から代わった相手の投手を全く打てないこちらに比べ、毎回のように一打サヨナラのピンチの連続です。でもエ-ス・中林君が本当によく投げ切り、その都度ピンチを凌いでいたのです。
こうして迎えた13回の表、やはり相手のエラ-からもらった1チャンスから、こちらの決勝点に繋がったのです。8番の中林君から始まったこの回、8番、9番と初球に手を出し簡単に2アウト、ここで3人目はまさか1球目を打たないと思っていたのですが、初球から手を出してしまい、平凡な投手ゴロです。
相手投手まで、まさか打たないと思っていたのか、なぜか慌てて1塁に暴投し、2死から走者が出たのです。そしてランエンドヒットということだったらしいのですが、1塁走者が走って打者が打ったのがレフトの頭上を抜けて決勝点になったのです。
野球はドラマだとよく言われますが、まさにそれを十二分に味わったゲ-ムでした。エラ-さえ無ければ展開は大きな変化もなかったでしょうし、こんなに手に汗をかかなくてもよかったかもしれません。
でも両チ-ムとも1つのエラ-から展開がガラッと変わってしまったのです。これが野球の怖さなのでしょうね。でも味方投手が12回も頑張って投げてきて、少しは休ませてあげようという配慮も無く、後続の打者が1球目から手を出しているのは考えものです。
十分な練習環境を満たされない我が校だけに、こうした頭を使った野球をやっていかなければ、とても強豪には歯が立たないのではないでしょうか。中林投手をはじめ、1,2戦とも本当によくやっていると思われる後輩諸君なのですが、両試合とも気がついたところが少なくなかっただけに、敢えて指摘させていただきました。
次戦は21日、シ-ド校・東海大翔洋を倒した常葉橘との試合です。母校の健闘、できれば勝利を何よりも祈りたいものです。
2012.07.13
ちょっと良い話part95 No.2245
今週はいろいろと行事が重なり、ちょっとバタバタでカキコミがあまりできませんでした。やはり新聞で見つけたちょっと良い話です。「石になった妻の遺骨」という投稿文ですが、こうした故人への偲び方もあるのですね。
3度目のお盆を迎えた。妻ががんで50代の若さで亡くなったのは3年前の秋。妻の三回忌までにはと思っていたお墓だが、今になっても、どうしてもつくる気にはなれないでいる。
昨年、遺骨を「石」にするというサ-ビスを知った。遺骨を高温で溶かし、冷やして結晶化させるという。唐突な私の提案を、高校生の息子は受け入れてくれ、妻の遺骨は3個の石になった。
丸みを帯びた小さな白い石は、妻そのものであり、小さな墓石のようだ。石には、私のものには「妻 ようこ」と、息子のものには「母 ようこ」と刻んでもらった。そして、もう一つの石にも「母 ようこ」と刻んでもらった。
妻には前夫との間に息子がいたが、3歳の時に別れたきり、再び会うことはなかった。妻の死後、思いもかけずその彼と出会い、以来、妻の思いを彼に伝えていくことが私の役目と思っている。もう一つの石を彼に渡すことに躊躇はなかった。
後日、彼から「結婚式に石を胸に忍ばせて臨みました。母も喜んでくれたのではないかと思っております」とのメ-ルが届いた。思わず、ほおがゆるんだ。
このような広い心を持ちたいものです。愛する妻であれば、自分以前の過去など抹殺したくなるのは常でしょうが、しっかりと妻の立場になって考えてやっています。
こうしたものが本当の思いやりというのではないでしょうか。考えてみれば両親の離婚により別れさせられた子どもには何の罪もないものです。
いろいろな事情があり、別れなければいけない夫婦が少なくないようですが、こうした犠牲とも言える子どもたちのことも、真剣に考えてやらなければいけないように思えるものです。
子はかすがい、とも言われています。また我が子に教えられて、親も成長していくことが少なくありません。話がちょっと逸れましたが、やはり思いやりの心が、絆を大きくしていくものではないでしょうか。
