会長の”三行日記”
2012.05.24
命運をかけて No.2214
大リ-グ・ブリュワ-ズに所属する青木宣親選手の話です。やっと出番が増え始め、実力を発揮してきた青木選手ですが、まだまだ十分満足のいく起用方法はされていないようです。
それと言うのも、日本人野手の評価が下がっていることにその原因があるみたいです。以前にも少し触れましたが、青木選手は日本で3度も首位打者に輝いた選手です。
その選手がテストまでしなければいけないといった入団の仕方です。そして何とかその力が認められ入団した後でも、春季キャンプでも打率2割9分9厘という好成績や、チャンスに強いといった結果を残したにもかかわらず、なかなか最初から起用されず、レギュラ-扱いされなかったのです。
これではなかなか青木選手といえども、結果は出すことができません。代打起用が多く、打率が2割1分1厘まで落ちる不調の時期までありました。
しかし5月の中旬になって、ようやくスタメンで起用される試合があり、そこで4打数2安打を放ったのをきっかけに、その後に先発起用された3戦はすべてマルチ安打し、何とか打率3割にまで乗せています。
このへんがやはり非凡ではない、実力を証明しているところです。また現在レギュラ-であるライバルのモ-ガンが打率2割そこそこと低迷していることもあり、やっとセンタ-の定位置まで手が届きそうなところまで来ています。
でも打撃の職人とも言われる青木選手だから、ここまで這い上がってくることができたのでしょう。普通ならあれだけの日本の実績がある選手なら、もっとすんなりとレギュラ-の一角として歓待を受けていたものと思われます。
そうできなかったのが前述のとおり、日本人選手の全体的評価が低くなっているからです。イチロ-、松井選手は別として、彼らの活躍のお陰もあり、松井稼頭央、井口資仁、城島健司選手らはそれぞれスター待遇で所属チームに迎えられたと言われています。
ところがその後の井川慶選手に始まり、福留孝介、川上憲伸、西岡剛らの選手はすべて失敗補強として、契約金の割には評価が低く、その価値が下がっているのです。特に野手ではないのですが、オリックスに戻ってきた井川投手などはその責任が小さくないものです。
こうして日本で活躍したからといって、大リ-グで通用するとは限らないという見方が強くなっているのです。こうしたまともな影響を、もろに被ったとも言えるのが青木選手とも言えるのではないでしょうか。
とにかく、青木選手の両肩に、これからの日本人選手の命運が賭けられているとも言えると伝えられています。不遇とも言える現在の苦しい状況を乗り越え、しっかりと結果を残してくれるものと固く信じています。
26日の土曜日、次女の結婚式がある関係で、明日は準備やら来客の接待で休ませていただきます。ご了承下さい。
2012.05.23
東京スカイツリ- No.2213
東京スカイツリ-が昨日開業しました。生憎のお天気だったようですが、事前に予約のできた多くの人たちが押し掛けたようです。この入場者も7月10日までの50日間は完全予約制で、既に申し込みも締め切られています。
それ以降の11日からは、日時指定の個人入場者がインタネットでの先着順により、予約を受け付けているとのことです。また350mの高さにある天望デッキまでの料金は、7月10日までは日時指定の要素が含まれていることから大人2500円とのことですが、それ以降に発売する当日券は2000円となっています。
ただ450mの天望回廊の入場券はそれとは別で、事前での購入はできず、天望デッキで購入する当日券だけとのことです。ですからこのスカイツリ-ブ-ムが少し収まるまでの間は、入場は難しいと考えておいた方がよいのではないでしょうか。
もっとも私は天邪鬼(あまのじゃく)のためか、人が多く押し寄せる所には、あまり行ってみたいとは思わないものです。いつになるかは判りませんが、ブ-ムの沈着後、空いている時にでもゆっくりと訪れたいと思っています。
さて、ここで注目したいのはスカイツリ-建設に駆使した、日本企業の最新技術のレベルの高さです。まさに足元からてっぺんまで技術の粋が凝らされているのです。
まず塔の真ん中にある「心柱(しんばしら)」の制御システムです。設計した日建設計によると、日本古来の木造建築「五重塔」をヒントにしたとのことです。
鉄筋コンクリ-ト製の高さ375mのそれは、ツリ-本体とは分離して立つことにより、地震などでは本体と違う動きをして、ツリ-全体の揺れを抑える役目があると言います。
また東芝製の天望デッキまでのエレベ-タは、40人も乗れて約50秒で到達することができます。この分速600mというものは、一般的なマンションなどと比べ、10倍近い速さとのことです。
その他風に強いアンテナや、従来より強力な素材の鋼材など、日本企業の面子をかけた技術がふんだんに駆使されていると言います。さすがはその高さで世界一となった東京スカイツリ-です。名実共に世界に誇れる最高技術の結晶とも言えるのではないでしょうか。
この世界最高レベルの技術が、世界中で多くの受注を生み出し、日本経済が心機一転、大きな巻き返しとなって再活性化されることを何よりも祈りたいものです。
2012.05.22
靴磨き No.2212
最近、靴磨きのおじさんを見掛けなくなりました。以前はガ-ド下など、路上で店を広げる人が結構いたものです。見掛けなくなったのは、やはり時代のせいなのでしょうか。
そんな数少ない靴磨きの中で、この道60年以上のベテランの方2人の記事が新聞に載っていました。お一人は東京・上野に近い、JR御徒町駅北口のガ-ド脇に店を構える82歳の元島さんです。
戦後間もなく、富山から上京して上野で靴磨きを始め、御徒町を仕事場にして50年になると言います。かつて同じ路地に靴磨きは6人いたそうですが、そのうち4人は女性で、東京五輪の頃は1日で100人以上の靴を磨いたこともあると言います。
当時はまだ舗装されていない道も多かったためか、サラリ-マンが仕事途中でも土ぼこりを落としに立ち寄ったとのことです。でもほとんどがアスファルトに舗装され、合成皮革の靴が増えたため、客は激減してしまったのです。
そして駅にも自動靴磨き機などが置かれ、靴修理を行うチェ-ン店が増えたことにより、とうとうこの辺りでは元島さんだけになったと言われています。
靴磨きで道路を使うのには、警察や行政の許可が必要です。また、もともと戦災で職を失った人のために、1代限りで特別に許可をしていたため、都では現在新規の許可を出していないそうです。
このため、かつては都内には500人いた靴磨きが、現在では道路使用の許可を持って営業しているのはたったの12人にまで減ってきているとのことです。
またもう一人、新橋駅前には90歳になる沢村さんという女性がいます。10代のときに新潟から上京したのですが、夫を結核で亡くしてから28歳のころから、この仕事を続けているそうです。
沢村さんにこんな話があります。数年前、関西から就活で来た学生が茶色の靴で店にやってきました。「古い人の中には、面接に茶色の靴でくる学生をよく思わない人もいるよ。合皮でいいから、黒いのに履き替えなさい」とアドバイスを送りました。
後日、その学生が黒い靴で現われ、「おかげで就職が決まったよ」との報告があり、孫のことみたいで、とても嬉しかったと喜んでいます。こんなことも、この商売ならではの話ではないでしょうか。
だんだん、こういった人たちがいなくなってしまうのも寂しいものです。顔も上げず、ただ黙々と台に載せられたお客の靴を、靴墨の染みこんだ布とブラシで磨き上げていく、こういった仕事もプロの技です。いつまでもお元気で働いてもらい、もっともっと、この方たちにも光を当ててもらいたいものです。
