会長の”三行日記”
2011.10.11
ぶらりドライブの旅・グルメ編 No.2088
3連休の一日、駿河平で一人で住む叔母を連れ出し、しばしドライブの旅に繰り出しました。少し物忘れが激しくなったようで、認知が出始めてきた叔母にとっては、久しぶりに外の空気を吸えるのはとても嬉しそうに見えました。
さて連れ出すのにもどこがいいか、しばし考えましたが、お天気が良かったことも手伝い、箱根をぐるっと回って御殿場に抜けるコ-スが時間的にも手頃だと思い、それに決めました。
ちょうど出掛けたのがお昼前でしたので、少し小腹が空いてきていたこともあって、箱根に上り始めて少し行った所にある、山中城址の近くにある、鰻やさんのことを思い出しました。
鰻工房竹屋という、山中城址を過ぎてすぐの、直線の道がカ-ブに差し掛かる角にあるお店です。つい先日、テレビでもおいしいと紹介されていたのを思い出したのです。
国道1号線沿いでもあり、仕事でもしょっちゅう通り過ぎる場所なのですが、入るのは初めてです。それどころか、うなぎやさんということも気がつかないくらい、派手な看板も出ていないこともあって、比較的、どちらかというと目立たないお店です。
ですから一見、峠の茶屋風にも見えるところです。でもマスコミの力というものは大きいものです。山歩きのご夫婦や、やはりドライブの途中に立ち寄ったのでしょう、数組のカップルがまだお昼前の時間帯でしたが、先客として舌鼓を打っていました。
テレビではお店の裏の場所で、ご主人と思える人が丁寧に備長炭でうなぎを焼いていると紹介されていました。また営業時間も短く、11:00~15:00の時間帯に限られ、しかも売り切れじまいと言いますから、結構こだわりのお店なのでしょう。
従って注文を聞いてから鰻を捌くといい、出来上がってくるまでは、少し待たされることになります。でもいざ食べてみると、そんな待ち時間が全く気にならなくなるほど、鰻もふっくらとして余分な油もなく、すこぶるおいしいのです。
しかもタレがしつこくなく、いわゆる余分な甘さを抑えてあるので、鰻本来の味が引き出されているのです。ですから、ごはんとのマッチングがよいのでしょう。同行した長男など、少しごはんの量が控え目なこともあって、ごはんだけ余分に頼んだくらいです。
ぶらり旅を紹介するつもりでいましたら、今回は鰻やさんだけで終わってしまいました。また別の機会に紹介させていただきますが、このようにおいしいお店を発見するのも楽しいものです。
そして何よりも、もっと嬉しいのはお店が混んでいないことです。どちらかと言うと、自分のわがままですが、ここはあまり口コミで他人に教えたくない店ですね。
2011.10.07
責任を感ずる東電社員 No.2087
朝日新聞に連載されている震災特集「南相馬日記」にこんな話が書かれていました。東電ばかりが罪悪人のように言われていますが、このような社員がいることに少し驚いています。
津波で建物が消えた海岸近くの集落。毎朝6時、そこに来る作業着の男性がいる。家の跡に設けられた祭壇の前にしゃがみ、手を合わせ、目を閉じる。立ち上がると別の祭壇へ。1時間ほどかけて約20カ所を巡る。
遺族ではない。地元の人でもない。けれど毎朝、欠かさず同じ場所にくる。仕事ではなく、個人としての思いから、だという。男性は東京電力の社員だ。事故があった福島第一原発から、5月の連休明けに南相馬に派遣された。
それから日々、住民の怒りと向き合っている。掛かってくる電話に答え、賠償の説明に回る。なぜ、津波の犠牲者のために祈るのか。男性は答えた。
「原発事故で、すぐに捜してもらえなかった人がいる。火葬に立ち会えなかった遺族がいる。私にできるのは、手を合わせることぐらい」
祈る合間、倒れた花瓶を直し、雑草を抜く。砂に埋もれたおもちゃを掘り出す。ある日は、たくさんのボ-ルを見つけた。「毎日来ていると、元にあった生活が見えてくる気がする」と男性は言う。
東電社員としての責任を、男性はこう語った。「約束した安全と安心を裏切り、心から申し訳ないと思う」。東京の記者会見で繰り返される言葉と同じでも、このときは違って聞こえた。
9月27日、早朝の被災地通いが100回目を迎えたその日、私も付き添った。祭壇に向かう男性に、心の中で頭を下げた。
こうした方がやはりいるのですね。実際のこの事故への非難や追及はどうしても、こうした社員の方々にかかってきます。それだけに毎日が針のむしろのようではないかと思われますが、考えてみれば、こうした社員レベルの人たちにほとんど責任はありません。
むしろ、原子力に頼ったエネルギ-政策を進めた政府と、東電幹部、それに原子力安全委員会にあるわけです。先日も官僚の多くが東電に天下っている現状が暴露されました。こうした、政官一体となったズクズクの癒着体質が招いた事故とも言えるわけです。
少しでもそうした人たちに、この南相馬の社員の方のような気持ちがあれば、もっと事態は好転していくはずです。ついでに言わせて頂ければ、野党になって、さも他人事のように、盛んに政府の責任を追及しているだけの自民党・谷垣総裁も、自分たちの政権当時の過大なる責任をもっと自覚すべきです。
でもそうした人たちにとっては、所詮は他人事のような話なのでしょう。原発に泣かされているのは被災者のみならず、真面目に働く東電社員の中にもいることを知らされたものです。
2011.10.05
レジでの割り勘 No.2086
先日の新聞投稿欄に、レストランなどに仲間で来ている時、支払いは別々に勘定を払っている為、レジが混んで仕方がないとの苦情が寄せられました。その投書はこんな内容です。
ファミリーレストランなどで、5~8人ぐらいのグループが、いざ会計の段階で1枚の伝票をレジ係に渡し、1人ずつの個別支払いに応じてもらっている光景をよくみかける。
たいていは後ろに会計の順番待ちをする他の客が並んでいても知らん顔のようだ。ときにはレジ係に、「まとめてお支払いをお願いできませんか」と懇願されていることもある。
個別支払いの場合、レジ係が電卓片手にメモを取り、額に汗を浮かべながら対応している。その姿をみて、このグループの一人ひとりは、なぜこの光景を冷静にみていられるのだろうかと疑問に思った。
このようなケ-スは若い人に多いのでしょう。私たちの若かった時代も、もちろん割り勘でしたがこうはしてなかったはずです。予め支払いの前に、それぞれから集金して誰かがまとめて払っていたように思えます。
もちろん、親しい人との間柄では絶対にそんなことはありません。これは今の時代を反映してのことでしょうが、消費税とか飲食税が足される計算が面倒で、レジが余計、混乱してしまうのでしょう。
そしたら昨日のやはり同じ投稿欄に、それなら店側で注文時に別々の伝票を切ったらどうかとの提案がありました。確かにレジでの混乱は少なくなるのでしょうが、果たしてそんな処置でいいのでしょうか。
「オレは俺、おまえはお前」と全て割り切ってしまったら、惻隠の情とか謙譲の美徳などという、日本古来から引き継がれてきた日本固有の文化はどうなるのでしょうか。
またそこには他人に迷惑を掛けているのではないかという、思いやりの心も存在していません。とても寂しい思いがするものです。
自分さえ良ければ他人のことはどうでもいいといった風潮が、今回の不幸にして招いた大災害を機に、少しでも改まることを切に願っています。やはり他国とは違う、日本人として生まれ培われた、自覚と誇りを大切にしなければと思うものです。
明日は一日工事で出張する為、カキコミは休ませていただきます。
