会長の”三行日記”

2012.04.17

取り返しのつかない事故 No.2196

バタバタと動き回っている関係で、カキコミが遅くなりました。できればもう1つ体が欲しいところですが、泣き言は言っていられません。仕事の忙しいのは有難いことです。不平を言ってたら、バチが当たります。
 
さて先週、京都で悲惨な事故が起きてしまいました。東山区の祇園で軽ワゴン車が暴走し、18人もの人が死傷してしまったことです。事故は一方通行の大和大路通りでまずタクシ-に追突したところから始まり、人々の多く行き交う、四条通との交差点で惨劇が起きてしまったのです。
 
伝えるところによると、タクシ-に追突した後、加害者の持つ持病である、てんかんの発作が起きたという情報がありますが、これも少し疑問に思うところがあります。
 
というのは、タクシ-に追突した後、30mもその車を押し続け、歩行者や信号待ちの車をよけながら170mも走って、横断歩道の人の壁に突っ込んだのです。しかも多くの人をはねた後も更に走り続け、前の車などをよけながら、最後は電柱に突っ込み自爆したのです。
 
詳しくはありませんが、てんかんの発作というのは意識がなくなってしまうものだと思います。このように車などをよけながら走っているのですから、意識がなくなったとは考えられません。
 
おそらくパニックになってしまって、アクセルを踏み続けてしまったのではないでしょうか。とにかく怖い話です。先日知り合いの方と話していたら、この当日、出張で京都にいたと言うのです。まかり間違えばその場に居合わせたかもしれません。
 
また3週間ぐらい前には、家内もこの現場に近いところへ出掛けています。何しろ大勢の観光客が押し寄せるところでもあり、事故当日は桜の見ごろの時期でもありました。
 
もっとも以前の秋葉原の事故と違って、今回の事故は故意に人々をはねようとしたものではないようです。事故に遭われた方々には本当にお気の毒に思いますが、何とも不運としか、言い様がありません。
 
でもこのような病気を持っている人は、多分運転を止められているはずです。不幸にしてその加害者は亡くなってしまいましたが、こうした事故は取り返しのつかないものです。万が一の場合、大切な多くの人命に関わるだけに、ル-ルはしっかりと守らなければいけません

2012.04.13

ひだまり亭開店に向け No.2195

ひだまり亭の開店に向けての話です。お陰さまで11日の試食会には26人もの人が来場して頂きました。小雨のちらついていた中、有り難いものです。
 
有り難いと言えば、、もっと頭の下がるのは当日のスタッフに10人の方々が集まってくれたことです。時給もなく、当分の間はボランティアにもかかわらずにです。
 
終わった後、手伝った一人の方がこう言われたそうです。久しぶりに働いたけど、本当に楽しかったと。日常的な毎日の忙しさに流されていたのかもしれません。
 
でも、こうやって世のため、人のために少しでもお役立ちができていれば、充実感が伴うのでしょう。またもっと嬉しいことがあります。
 
このひだまり亭に使って下さいと言って、いろいろな方々が様々なものを提供してくれるのです。この事業は何も資金的な蓄えがあって始めたわけではないですから、ある方は資金も少し提供して下さるというのです。
 
お言葉に甘えて、その資金で電気炊飯器を買わせていただきました。また製茶業を営む、地元の奥様はこの事業が続く限り、皆が飲むお茶を無料で提供して下さるとの申し出がありました。
 
そして来週の開店に向けて、来場者に記念のおみやげと称して、わざわざ袋詰めの綺麗にパックしたお茶のセットを届けてくれました。
 
本当に嬉しい限りです。それからまだまだいっぱい、嬉しい方々は続きます。お米をいっぱい届けて下さったり、また別の方は自分はパンを焼くのが好きだからと、時々は届けて下さると言ってくれています。
 
それからコピー用紙を使うでしょうからと、会社で不要になった用紙を届けていただいた方もいます。こうした、様々な気遣いが本当に嬉しいものです。
 
このように多くの方々の温かいご支援とご協力があって、やっと晴れて開業に繋げることができるということを、しっかりと胸に刻みつけなければいけません。
 
地域の方々の温かな気持ちに感謝し、この事業が人々に愛され、末永く発展していくことを何よりも祈っています。
 
来週、月曜日はお客様の災害防止協議会に出席のため、朝から出張しますのでカキコミは休ませていただきます。

2012.04.12

メリハリ No.2194

このところ少し仕事に追われ、余裕のない日々を送っている私ですが、こんな警鐘とも言える記事を見つけましたので紹介いたします。
 
「朝寝して 昼寝が好きで 宵ねぼう たまたまおきて 居眠りをする」何だか随分怠け者の代表のような感じの歌です。人間の生き方を極端な面から観たものでしょう。

視点を変えて「寝る」ところを仕事に置き換えたらどうなりますか。朝も、昼も、宵も仕事ということになります。人間は仕事に徹することは大切です。

でも24時間1つの事だけには徹し切れないでしょう。張りつめた琴の絃はよい音色がしても、すぐ切れる結果となりはしないでしょうか。

48歳で主人を亡くされた奥様に遇ったことがありました。猛烈社員として上役の責任感から、朝から晩まで会社の為に仕事仕事の連続でした。ついに胃潰瘍になり手遅れでした。

家庭のことをかえりみず、ただ仕事のために尽くした主人は立派だと思いますが、もう少しゆとりがあったら長生きしたのでしょうと奥様の涙の言葉でした。

仕事に寝らされたと言えないでしょうか。試験地獄に四六時中、寝らされたための学生の障害もこれと似ていなければ幸いです。”兎小屋に住んで、働き狂人”と外国から悪口を言われたこともありました。

”徹する”とは、仕事をする時は仕事をする、寝る時は寝る、一杯飲む時は飲む、パチンコする時はする、スポ-ツする時は徹底して汗を流すというように、
人生のリズムの中に徹することだと思います。絃は張りつめておくばかりがよいのではないでしょう。
 
とても私は、これほど何もかも忘れて仕事に打ち込んでいるわけではありませんが、やはり毎日の生活の中でメリハリをつけることは必要なのでしょう。
 
ただ流されているのではなく、自分自身で快適なリズムを創り出していかなければいけないものと思われます。そうした切替はまた新たなエネルギ-を生み出してくれます。でも何よりも、仕事が忙しくなるということは、とても有難いことだと感謝しています。